日めくりプロ野球 6月

【6月1日】1990年(平2) セ新人初の快挙!与田剛、2ケタセーブでリーグトップ

[ 2010年6月1日 06:00 ]

ルーキーイヤーからストッパーとして活躍した与田
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 【中日5―3大洋】150キロのストレートに完全に力負けしたセカンドへのフライが、雨のナゴヤ球場に舞い上がった。中日・仁村徹二塁手ががっちり捕球し、試合終了。汗と雨でぐっしょり濡れた端正な顔立ちから笑みがこぼれた。
 9回、大洋の攻撃を3者凡退で仕留めた、与田剛投手はこれで10セーブ目。1974年(昭49)にセーブの記録が正式に採用されてから17年。セ・リーグの新人投手として初めて2ケタセーブを達成した。

 「10セーブ?とてもうれしいですけれど、ちょっと出来すぎですね」と与田。控えめな言葉とは裏腹にストレートで押す強気の投球スタイルは開幕以来ずっと変わらず。大洋戦では9回の1イニング、計20球を要したが、うち6割の12球が150キロを超える真っ直ぐ。見せ球に使ったスライダーはわずか2球。「今の与田なら変化球なんて小細工はいらない。アイツのストレート当たらないもん、バットの芯に」とマスクをかぶった山中潔捕手は絶賛。リリーフでの1勝も含めて、計11セーブポイントでトップを走っていた大洋・遠藤一彦投手と並んだ。
 開幕戦で延長戦デビューを果たし、いきなり152キロの直球でピンチを脱すると、星野仙一監督はその速球と度胸の良さを買って、抑えとして起用。オールスターにはファン投票で出場した。
 8月15日の広島20回戦(広島)では、当時の日本最速の157キロを記録。1年目から50試合に登板し、4勝31セーブで最優秀救援投手賞を受賞した。新人王争いは先発にリリーフにと44試合で13勝17セーブを稼いだ広島・佐々岡真司投手との激しい争いが予想されたが、終わってみれば与田の102票に対し、佐々岡は46票とダブルスコアの大差がついた。球速のインパクトがよほど強かったことがうかがえる結果だった。
 父親を亜細亜大1年の時に亡くし、NTT東京でドラフト候補に名前が挙がるようになってからは、「在京球団志望」を公然と言い続けてきた。3人姉弟の末っ子で、母親の面倒を見るという自負があったからだった。
 意中の球団は西武だったが、その西武は同じ社会人出身の潮崎哲也投手を1位指名。代わりに与田を1位で入札したのは中日だった。
 これにはドラフト会場もどよめいた。中日は新日鉄堺の野茂英雄投手か、大阪・上宮高の元木大介投手の1位指名を公言。他球団との競合覚悟で野茂に行くか、巨人以外はお断りという元木で行くか、星野監督以下、現場とフロントはドラフト当日でも最終判断をできずにいるほど悩んだ。
 その結果が与田だった。「何度もビデオを見た。野茂と同等クラスの右腕と判断した」と星野監督は、ドラフト当日野茂、元木からの撤退を決意。競合なしで豪速球投手の一本釣りに成功した。当初、名古屋ということで複雑な心境で1位指名のあいさつを受けたが、厳しかった父の姿を星野監督と重ね合わせた家族が中日入りに賛成して決まった。新人王投手はこうしてプロの第1歩を歩み出したのであった。
 

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