日めくりプロ野球 5月

【5月29日】1984年(昭59) ああ、またあと1人…仁科時成、2度目も逃す

[ 2010年5月1日 06:00 ]

 【ロッテ4―0近鉄】フラフラっと上がった打球が左翼線に飛んだ。ロッテ・庄司智久左翼手が懸命に前進したが、白球は無常にも緑の芝生の上にポトリと落ちた。
 日生球場での近鉄11回戦。まるでサヨナラ本塁打でも打たれたかのように、仁科時成投手はマウンド上で唇をかみした。9回2死まで無安打無得点投球を演じていたアンダースローは、最後の打者になるはずだった近鉄・平野光泰中堅手に初安打を許した。

 「スライダーが真ん中へ入ってしまった。へばりもあったけど、全力で投げた。でも正直残念だ」。続く加藤英司内野手を3球三振に仕留め、完封勝ちを収めた仁科だが、運命の115球目を思い出すと悔しくてとてもシャットアウトを喜ぶ気にはなれなかった。
 実はこれで2度目だった。前年の83年8月20日、場所は川崎球場で同じ近鉄を相手に仁科は9回2死まで四球1つのノーヒット投球を続けていた。3番仲根政裕右翼手もあと1球まで追い込んだ。この試合の97球目。シンカーに仲根のバットはクルリと回ったかのように見えたが、土肥健二捕手のミットからポロリと白球がこぼれた。
 1球ファウルをはさんで、99球目。三振を取り損なったシンカーを投げたが、仲根のバットから今度は快音が発し右前打。スコアボードに安打を意味する「H」のランプが点灯した。試合は1―0で完封勝利だったが、「こんなチャンスはもうないかもしれない」と口惜しい表情を浮べた。
 一生涯ないと思っていたことが、その283日後にまた機会が訪れた。が、同じ9回2死、というところまで来て大記録に2度も手が届かなかった。あと1人でノーヒットノーラン、完全試合を達成できなかったケースは、過去20回以上あるが、2度も経験したのは当時仁科だけだった。
 その上を行く悲劇の右腕が西武・西口文也投手。02年8月26日のロッテ21回戦(西武ドーム)、あと1人でノーヒットノーランという試合を小坂誠内野手に中前打を打たれ名誉な記録をつかみ損ねた。
 2度目は交流戦。05年5月13日の巨人1回戦で9回2死まで1死球だったが、指名打者で出場していた清水隆行外野手に4号本塁打を浴び、また大記録を逃した。
 そして3度目は同じ05年8月27日の楽天18回戦。9回終了時点で完全試合だったが、味方も得点できず、参考記録となって延長戦へ。10回、先頭の沖原佳典遊撃手に右前打を浴び、無安打無得点試合さえ達成できなかった。
 仁科にしても西口にしても運命のいたずらに翻弄されたが、ともに通算100勝以上をマークした実力のある右腕。記録は残らなくても、惜しかったからこそ、ファンにとつていつまでも忘れられない投手として記憶の中で輝いている。

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