日めくりプロ野球 5月

【5月27日】1967年(昭42) 10年目で初 長嶋茂雄、代打で交代

[ 2010年5月1日 06:00 ]

 【中日5―2巨人】名古屋でもどよめきが起こったのだから、これが後楽園だったらどうなっていたであろうか。
 巨人・川上哲治監督が三塁側ベンチからおもむろに登場すると、松橋慶季球審にピンチヒッターを告げた。9回2死一塁。3点を追う場面での代打は広島から移籍の森永勝也外野手。中日の右腕・小川健太郎投手に対し、左打者を起用はセオリー通りの選択だったが、代えられた選手が選手だけに中日スタジアムは驚きに包まれた。
 代えられたのは3番長嶋茂雄三塁手。けがをしたわけでもない。その身に何かが起こったわけでもない。巨人に入団して10年目、出場1201試合目にして初めてバットを振らずに交代させられた。

 代打の森永は川上監督の期待に応えて安打を放った。ベンチの長嶋は拍手はしていたが、その表情はやや複雑。一発出れば同点の好機に4番の王貞治一塁手が打席に入った。夢を乗せた打球は左翼に舞い上がったが、江藤慎一左翼手がスタンドにグラブを入れながらこれをキャッチ。ホームランボールを捕った超ファインプレーで巨人は開幕以来2度目の連敗を喫した。
 プロ入り初の“屈辱”を味わった背番号3は、報道陣を避けるように足早にロッカールームへ消えた。川上監督が長嶋交代の真意を説明した。「どんな優れた選手でもスランプはある。長嶋には余裕を取り戻してもらいたいと思って代えた」。
 チーム31試合終了時点で、打率2割4分6厘、3本塁打18打点。プロ入り以来、最悪の数字だった。開幕後も初安打は12打席目のワースト記録。その後も調子の波は激しかった。
 1試合4安打を2度記録したが、決まって次の試合はノーヒット。無安打の試合は11試合もあり、逆に複数安打はわずか4試合しかなかった。打点にいたっては8試合連続なし。長嶋はこの試合、1安打を放っていたが、この打点なしに川上監督はひっかかり、チャンスを迎えても“燃える男”のバットをどうしても信頼できなかった。
 「体調も悪くないのだが、どうもタイミングとれない」。長嶋は親しい番記者にもらしていた。その象徴がバットにあった。長嶋は22日からの広島、名古屋の遠征の3試合で持参したバット3本のうち2本を折ってしまった。いつもなら1週間のロードゲームでこの本数で間に合っていたが、「当たっていない時はすぐに折ってしまう」と長嶋。残り1本を折ってはいけないと、試合前のトスバッティングにはノックバットを使用するほどだった。
 長嶋は悔しさを忘れなかった。6月3日、後楽園での中日9回戦、代打を出されていた時に投げていた小川から18試合ぶりとなる4号本塁打を左翼への弾丸ライナーでたたき込んだ。
 長嶋は67年のシーズン、打率2割8分3厘で、10年目で初の打撃ベストテン圏外(12位)に終わったが、この中日戦で6打数4安打3打点と大暴れ。川上監督に対して背番号3が意地をみせた一戦だった。

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