日めくりプロ野球 5月

【5月17日】1979年(昭54) 10年目岡本一光が“光”輝いた3日間と災難な1日

[ 2010年5月1日 06:00 ]

 【阪急4―3近鉄】正直なところ、ほとんど期待されていなかった。それだけに驚きと感激はひとしおだった。
 「打ったのはストレート。感触は良かったので、抜けたとは思ったが、まさか…」と打った本人でさえびっくりの一打は藤井寺球場の右中間最深部のスタンドに突き刺さった。9回1死、阪急・岡本一光右翼手が近鉄・柳田豊投手から放った本塁打は3―3の均衡を破る値千金の一撃だった。

 プロ10年目にしてこれが1軍初本塁打。守備固めで使っていた、選手の思いもかけない一発に梶本隆夫監督も破顔一笑で「会心の一打だね。これでアイツの野球人生にも“光”が差し込んできたね」。名前にひっかけて、記念すべき初本塁打を祝った。
 話はさらに続く。翌18日の南海6回戦。梶本監督はラッキーボーイを「9番・右翼」でスタメン起用した。3回に回ってきた第1打席、先発森口益光投手のストレートを完璧にとらえ、右翼へ2号本塁打。前日の1号と合わせて2打席連続のアーチとなった。この一撃が口火となり、阪急は12安打11点をたたき出し、南海を大差で破り、チームは2位に浮上した。
 「こんなことがあっていいのかな。ちょっと怖い」と首をかしげるばかりの背番号31。初本塁打を打った後、手取り足取り指導してきた大熊忠義外野手兼任打撃コーチに洋酒の「ナポレオン」をプレゼントされたが、2号弾に「きょうは何をもらえるのかな?」とウキウキしていたところ、岡田球団社長に呼ばれた。「よくやった。これからも頼むよ」と直々にお褒めの言葉をもらった。
 梶本監督は岡本を使い続けた。5月19日の南海7回戦も先発出場した岡本は6回、2死一、三塁の好機で、ここまで2安打投球の杉田久雄投手から代わったリリーフエース、金城基泰投手の2球目のストレートを強振すると、西宮球場の右翼ラッキーゾーンに飛び込む3点本塁打となった。
 初本塁打から3試合連続のアーチをかけた岡本の一発で、先発の今井雄太郎投手はそのまま完封勝利。「いやあ、オッカン(岡本のニックネーム)さまさまです」と、打のヒーローに飛び付き、喜びを表現した。
 大阪・興国高2年の時、「4番・一塁手」として全国制覇。3年の時は投手で、69年のドラフト7位で阪急入りした。入団1年目に野手に転向も2軍でくすぶり続け、初の1軍昇格は5年目、初安打は7年目とスローペースもいいところだった。10年目、今年ダメだったら戦力外、という雰囲気を感じつつ臨んだキャンプは休日も打撃練習をこなした。その成果がようやく出た3試合連続の意味のある3発だった。
 一躍時の人になった岡本だったが、3日連続ヒーローの後に災難が待ち構えていた。決勝3点弾を放った翌20日朝、夫人がスポーツ新聞をすべて買いに行くために近所の駅売店に向かったところ、鍵をかけずに外出したため、その間に何者かが侵入。わずか15分の間に岡本の7万7000円入りの財布と夫人のセカンドバッグと腕時計が盗まれた。岡本はまだ就寝中だった。
 82年まで13年間現役を続け通算6本塁打。その半分が初本塁打から3日間に凝縮された。まさに岡本にとって“光”輝いた3日間だった。

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