日めくりプロ野球 5月

【5月2日】1984年(昭59) クロマティの控え ジェリー史上3度目満塁&サヨナラ本塁打

[ 2010年5月1日 06:00 ]

前評判は高かったジェリー・ホワイトだが、日本の蒸し暑さに勝てなかった
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 【西武9―8日本ハム】ナイター照明に輝きながら、白球が黄色の右翼ポール目がけて飛んでいった。「コーン!」というライオンズにとっては心地よい、日本ハムにとっては悪魔の響きとなった直撃音。それが合図のように、右翼席後方からは色とりどりの打ち上げ花火が夜空に舞った。
 9回裏、2死一塁。西武の5番ジェリー・ホワイト右翼手が日本ハムのリリーフ、川原昭二投手のカーブをとらえ、見事逆転サヨナラ2ランを放った。酒もタバコもやらない、納豆大好きの元メジャーリーガーが白い歯を見せながら生還。完全な負け試合を勝ち、最下位転落の危機を救ったジェリーを西武ナインは手荒く迎えた。

 「日本に来て最高に嬉しい出来事だね。(4番の)タブチが歩かされたから、何とかやってやろうと思った」とにやりと笑った。サヨナラ本塁打だけでもすごいが、この新助っ人、試合を決める一打の前にひと仕事終えていたから驚きである。
 7回、5点差を追う西武は満塁でジェリーが打席に入った。川原の渾身のストレートを完璧に弾き返した打球は、右翼芝生席で弾んだ。6号本塁打は来日初の満塁本塁打となり、試合は1点差に。家路に着き始めたファンをもう一度座席に引き戻す、貴重なアーチでゲームの行方は全く分からなくなった。
 1週間前まで、打撃フォームがバラバラだったが、阪急戦のあった4月27日に特打ちを行い、フォームを矯正。体重移動がうまくできるようになると、5試合で21打数10安打4本塁打9打点と開眼。この試合も5打数4安打2本塁打6打点。満塁本塁打とサヨナラ本塁打の2本を1試合で打った選手は、1968年(昭43)の南海・野村克也捕手以来、プロ野球史上16年ぶり3人目の快挙だった。
 本名はジェローム・カルデール・ホワイト。本来なら登録名はホワイトになるはずだったが、西武の優勝に貢献したテリー外野手もスティーブ内野手も、ファーストネームで登録し、日本で成功した。その先例にならい、ジェロームにしようとしたが、本人が愛称の「ジェリー」を選んだ。
 大リーグでは721試合に出場、20本塁打100打点を記録したが、存在は外野手“第4の男”。79年、モントリオール・エクスポズ時代は巨人入りしたウォーレン・クロマティ外野手の控えだったこともある。
 両ひざを痛めて、自由契約になったところをアリゾナキャンプを張っていた西武に代理人を通じて売込みがあり、走れて守れる外国人で性格がまじめな点を広岡達朗監督に気に入られ入団した、大リーガーでありながらテスト生出身という異色選手だった。
 西武はこの年、3連覇を逃したこともあり、85年は投手補強を一番の方針に掲げた。台湾から郭泰源投手の獲得が決まり、27本塁打を放ちながらも、2割4分3厘に終わったジェリーを解雇しようとした。そこへ大洋からトレードの話が舞い込み、金銭で移籍した。大洋でも巨人戦でサヨナラ本塁打を放つなど前半戦は活躍したが、8月になって球団の若返り方針から退団が決まった。
 ワガママも言わず、遠征先でも他のナインと同じ和食の食事をとり、畳部屋にも寝た性格的には何も問題のない選手だったが、夏場にバテるという体力的な問題があったのが致命傷だった。日本のポップスが好きで、ウォークマンで松任谷由実の曲を聞くのがリラックス法の一つというユニークさもある選手だった。
 

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