日めくりプロ野球 5月

【5月23日】2007年(平19) 工藤公康、セ最年長記録「一番長くて忘れられない1勝」

[ 2009年5月1日 06:00 ]

6回4安打無失点で通算215勝目を挙げた工藤の熱投。44歳以上での勝利は57年ぶりの快挙だった
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 【横浜2-1西武】懐かしい“故郷”での通算216勝目だった。巨人から横浜へ移籍した工藤公康が交流戦での西武2回戦(西武ドーム)で6回4安打無失点と好投。プロとしてスタートした古巣を相手に1年ぶりのシーズン初勝利を挙げた。
 5月5日に44歳になったばかり。プロ野球がセパ2リーグに分裂した1950年(昭25)5月7日、西宮球場での阪急-東急(現日本ハム)4回戦で阪急の浜崎真二投手兼任監督が48歳4カ月で勝利投手になった最年長勝利記録にはまだ及ばないが、工藤自身が打ち立てた42歳11カ月のセ・リーグ記録を更新。通算勝利数でも中日・杉下茂、ロッテ・村田兆治両投手の215勝を上回る歴代15位となった。

 「26年間投げてきた中で一番長くて忘れられない1勝」と感慨深げな工藤。あらためて「1勝することがどれだけ大変なことかがよく分かった」と振り返り、この1カ月の苦闘を思い出していた。
 巨人にFA移籍した横浜・門倉健投手の人的補償で4球団目のユニホームを着ることになったが、周囲の期待とは裏腹に開幕から屈辱の登板が続いた。4月15日の阪神戦(甲子園)では1回をもたずに先発で7失点KO。行く先々で栄光を勝ち取ってきた“優勝請負人”はボロボロになって2軍落ちした。
 「もう勝てないんじゃないか」。2軍で調整中、ファームで若手とともに汗を流していてそんな思いが何度も頭の中をよぎった。「工藤さんって西武にいたんですか?」という新人投手の驚きに、工藤自身も年齢を感じずにはいられなかった。そんな若手の姿を見ていた時、工藤は82年にプロ入りした時の指揮官だった広岡達朗監督の言葉を思い出した。「気持ちの入っていない球は打たれる」。
 誰もが一目置く左腕が原点に返った。「勝ちたいとか、長く投げたいとかの邪念が今まであった。投げたくてもプロで投げられなくなって去っていった選手が何人もいる。1球ずつ、1回ずつ気持ちを込めて投げよう」。そう誓って上った5度目の先発マウンドがこの西武戦だった。
 最速143キロのストレートに持ち味のカーブを織り交ぜ、丁寧に投げた。全盛時より衰えた球威をこれまでの経験という財産をフルに活用し、毎回のように招いたピンチを乗り切った。かつてライオンズの黄金時代にバッテリーを組んだ、西武・伊東勤監督は「きょうは公康のテクニックにやられた。実績のある投手だから主導権を握られると苦しいね」と悔しさ半分、称賛半分の敗戦の弁を口にした。
 あれから2年が過ぎた09年。工藤は46歳になり、再度試練に立たされた。シーズン初登板となった4月8日の巨人2回戦(横浜)で5回までに4本塁打を浴び8失点でKO。前年プロ入り初の0勝に終わり、再起をかけたシーズンの最初からつまづいた。2軍での調整を経て、新しく見いだした活路はリリーフ。貴重な左として22日までに6ホールドをマーク。リリーフ投手陣がぜい弱な横浜にあって、連投もいとわず試合のポイントになる場面での登板ばかり。経験の引き出しの数の多さが、難しい場面での投球に十分生かされている。
 白星も07年に7勝して以来止まったまま。浜崎が48歳4カ月で樹立した記録を抜き去る日が来るとすれば、現役30年目にあたる。「いつまでも投げ続けていたい」という工藤にとって1球たりともおろそかにできない日々が続く。

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