日めくりプロ野球 5月

【5月18日】1969年(昭44) 前代未聞!ホームランに代走 ジムタイル、ベース手前で肉離れ

[ 2009年5月1日 06:00 ]

メジャーで本塁打王争いもしたことのあるジムタイルだったが、下半身の衰えは著しかった
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 【近鉄6-5阪急】打った瞬間それと分かる一撃は、左翼席上段に吸い込まれた。シーズン5本目の安打中3本が本塁打となった、近鉄ジムタイル一塁手は左打席からバットを放り投げると、歩くようなスピードで一塁へ向かった。右足を痛めて登録抹消後、初の復帰スタメンでいきなりその存在をアピールした。
 大リーグ、オリオールズの元4番打者の豪快なアーチに西宮球場の観客席からはため息が漏れた。観客も両軍ベンチも審判も「あっ」と声を上げたのはその直後だった。視線の先では一塁ベース約5メートル手前で左足を押さえうずくまっているジムタイルがいた。
 心配そうに集まった近鉄ナインだったが、やがて三塁側ベンチに向かって「担架、担架持って来い」と選手の1人が大声を上げた。情けない話だが、ベースを踏む前に左足ふくらはぎに肉離れを起こし、それ以上走れなくなってしまったのだ。

 スタンドインの本塁打で歩いてベースを1周してもアウトにはならないが、とりあえずホームを踏まないことには得点にはならない。野球規則五・一〇の(c)の【付記】には「プレイングフィールドの外への本塁打、または死球の場合のように、一個またはそれ以上の安全進塁権が認められた場合、走者が不慮の事故のために、その安全進塁権を行使できなくなったときは、その場から控えプレーヤーに代走させることができる」と規定。ルールに従い、近鉄・三原脩監督は、代走に伊勢孝夫内野手を指名。伊勢はジムタイルが倒れた場所から走り、ホームを踏んだ。公式記録では本塁打と打点はジムタイルに、得点は伊勢に付いた。
 話はここで終わらない。「ええ気分やろ。ホームランは。でっかい一発やったもんなぁ」とホームインした際に、阪急・岡村浩二捕手に冷やかされた伊勢。「恥ずかしくて恥ずかしくて。今度こそ正真正銘の本塁打を打ってやる」と心に決めて、3回から一塁の守備についた。
 5-5の同点で迎えた8回。先頭の伊勢は米田哲也投手の初球真ん中低めのストレートをとらえ、左中間スタンドに運んだ。ジムタイルの一撃に見劣りしない5号ソロ本塁打は、3試合連続の一発。おまけに試合を決める決勝弾となった。
 ここまで8試合出場で5発の伊勢は「ジムタイルには悪いが、これで常時出場のチャンスをつかんだかも」と上機嫌。事実、前年わずか1本塁打だったが、69年は105試合で16本塁打を放ち、レギュラーへの道を突き進んでいった。
 一方、早くも2度目の戦線離脱となったジムタイルはさすがにへこんだ。リハビリ中の約1カ月、自宅の壁に「THINK!(考えろ!)」と書いた紙を貼り付け、自分がいかに「走り込みをせずにいたかが分かった」と反省の日々を過ごした。「復帰したらランニングは欠かさずやる。これからでも30本や35本のホームランは打てる」と、気持ちを入れ替えたことを強調。前向きな気持ちを示したことに近鉄首脳陣もきたいをかけた。
 しかし、35歳の元メジャーリーガーは“口だけ”だった。6月に復帰したが「ランニングが必要なことは当然だが、あまり走っていると疲れてパワーがなくなる。人にはそれぞれ個性があるが、オレはホームラン打者だ。パワーがなくなったら困る」ともっともらしい理屈をつけ、ほとんで走らず、試合でも走者に出れば代走を送られるケースが目立った。結局、65試合で2割5分6厘、8本塁打の成績で1年でお払い箱に。ジムタイルは本塁打以外でホームを踏んだことは1度もなく、8本塁打を放ちながら、得点7という珍記録は後にも先にもこの外国人選手だけだ。
 本塁打を打って代走を送られたケースは91年6月18日、中日-大洋11回戦(ナゴヤ)でサヨナラ本塁打を放った中日・彦野利勝外野手が一塁を回ったところで右ひざを痛め、山口幸司外野手が代走で生還したのと過去2例しかない。

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