日めくりプロ野球 5月

【5月13日】1983年(昭58) 引き分けのはずが…13日の金曜日、名古屋で起きた巨人の悲劇

[ 2009年5月1日 06:00 ]

“青い稲妻”と呼ばれ、俊足巧打の1番打者として活躍した松本。実働10年でゴールデングラブ3度受賞。守備でのミスは珍しかった
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 【中日6-5巨人】「しまった」。期待の4番打者は思わず声を上げた。力のない外野への飛球が打ち上がった瞬間、ナゴヤ球場の3万4000人の観衆の多くが席を立ちかけた。中日-巨人7回戦は9回裏2死二塁で中日がサヨナラ勝ちの好機を迎えたが、谷沢健一一塁手の打球は詰まった中飛。これまで3打席2三振。苦手の巨人・角三男投手の前にタイミングが合わなかった窮屈な打ち方だった。
 ところが、走者が二塁にいたため、極端な前進守備をとっていた松本匡史中堅手は慌てた。定位置なら楽々捕れる飛球を懸命に背走しながら追わなければならなかった。

 なんとか落下点に入った。これで9回時間切れ引き分け、となるはずが、グラブに当てて落球。ボールは芝生の上を転々とした。2死で打ったと同時にスタートを切っている二塁走者の代走・栗岡英智内野手は小躍りしながら生還。キリスト教徒の間で不吉とされる13日の金曜日。日中の最高気温29・7度の余熱そのままの熱戦は、思わぬ形で中日の2夜連続サヨナラ勝ちとなった。
 エラーではなく、記録はサヨナラ二塁打となり、3安打猛打賞の賞品までゲットした谷沢はヒーローインタビューでも首をひねってばかり。「こんなのでインタビュー受けていいのかなあ。経験したことない勝ち方だ」と、まだ信じられない様子。近藤貞雄監督も「センターが前だったから、松本の追い方を見ていてひょっとすると…と思ったけど。普通ならアウトだよね」と笑いが止まらなかったが、「とにかく巨人とはこういう試合になる。13日の金曜日?なんでもいいから巨人には勝ちたいんだ」と言い残してロッカールームに消えた。
 松本にとってはたたられた金曜の夜だった。シーズンに入って初めて盗塁に失敗するし、7回には二塁に加藤初投手を置いて、送りバントの構えからバットを引いたが判定は空振り。飛び出した二走の加藤は中尾孝義捕手からの矢のような送球で刺された。
 ゴールデングラブ受賞の外野手なら捕れない打球ではなかった。悔しさをにじませる松本は口を閉じたまま。「前に守らせていたし、右中間寄りの難しい打球。責められないよ」と同じセンターで名手としてならした柴田勲コーチが代弁してかばった。
 悪夢は5年後の13日の金曜日にも繰り返された。88年5月13日、同じナゴヤでの中日-巨人6回戦。4-4で迎えた9回裏、あの時と同じ2死二塁で、打者は中日抑えの切り札郭源治投手。延長戦を覚悟した星野仙一監督は敢えて代打を送らなかったが、カウント1-0から槙原寛己投手が投げたストレートは真ん中に入った。郭がジャストミートすると、打球は左翼スタンドへ一直線。郭の来日2本目の本塁打でドラゴンズはサヨナラ勝ち。4位から2位に浮上した。
 この試合、中日の6得点中、投手のバットでなんと5点が入った。「いくらなんでも5点も投手のバッティングで取られちゃ…」と言葉が続かなかった王貞治監督。東京ドーム元年となったこの年、中日が優勝し、巨人はV逸で王監督は辞任に追い込まれた。思えば13日の金曜日の1敗が後々まで響いた1年だった。

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