日めくりプロ野球 5月

【5月8日】2003年(平15) 帰ってきた三浦大輔 FA移籍を思いとどまったあの試合

[ 2009年5月1日 06:00 ]

横浜の大黒柱としてチームを引っ張る三浦。鈴木尚典が引退し、石井琢朗が広島に移籍し、大洋時代から横浜に在籍するただ1人の現役選手になってしまった
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 【横浜7-3広島】プロ初登板の時でもこんなに緊張しなかったかもしれない。「ちゃんと投げられるだろうか」。ハマの番長の異名を持つ横浜・三浦大輔は本拠地横浜スタジアムのマウンド上で、立ち上がりの第1球を投げるのに足が震えた。右ひじ痛で戦線を離脱し、骨片除去手術を経て294日ぶりの1軍マウンドだった。
 そんな三浦の気持ちを女房は察していた。中村武志捕手が出したサインは、真ん中ストレート。まずは腕を振って思いっきり投げてこい。右手で出すサインにその思いを込めた。

 広島・緒方孝市中堅手への初球は、138キロのやや外寄りの真っ直ぐ。佐々木昌信球審の右腕は上がらず、判定はボール。三浦にとって判定は二の次。1球全力投球したことで落ち着いた。緒方、続く木村拓也二塁手を連続三振に仕留めると、序盤はストレートで押した。
 4回、木村拓にソロアーチを浴びると、2回り目はスライダー中心の組み立てにチェンジして後続を許さず、結局7回まで2安打7三振無四球、1失点に抑えた。「きょうが自分にとっての開幕というつもりで投げた」と三浦。時折強く降る雨の中、エースが復活を遂げた。
 「これぞピッチングというものを見せてもらった。ストライクからボールへの出し入れなんかさすがだね」とベンチの山下大輔監督は絶賛。89球を受けた中村は、ブランクの間にも進化した三浦を実感していた。「低目へに集める意識がより高くなった気がする。故障前よりもすごい投手になっている」。三浦がこの試合を「自分にとっての開幕」と言ったように、この時からあらためてエースとしての自覚をしっかり持ち、俺が投げた試合は負けないという気迫をより強くみせるようになった。
 実はこの試合、三浦の運命を後々決定する試合にもなった。08年オフ、FA権を行使して三浦は地元関西に戻り、阪神入りを考えた。元々子供の頃は阪神ファン。特に親交があった岡田彰布前阪神監督にも特別な思いがあった。横浜は相川亮二捕手が大リーグへの挑戦を熱望し、メジャーに行けなくても横浜に残留する選択肢がなかったことから、最悪エースと正捕手がチームからいなくなる可能性が大きくなった。
 阪神入りが確実視されるような報道が連日伝えられる中、三浦本人は悩みに悩んだ。「優勝を狙える阪神で緊張感を持って投げるか、愛着のある横浜でどん底からはい上がって強いチームに勝って栄冠を手にするか」。その時、この03年5月8日のハマスタでの復帰登板が頭に浮かんでいた。「あれだけオレの復帰を待ち望んでくれたファンがいた。あの声援の1つ1つを忘れたくない」。
 横浜を上回る条件を提示した阪神に丁重に断りを入れ、三浦は残留した。「高校時代からそうだった。強いところを倒して優勝したい。これが僕の原点」というのが答えだった。
 09年の開幕戦。また勝ち投手になれず、開幕0勝7敗でありがたくない日本記録を球史に刻んでしまった。それでも「野球をやる以上あきらめないで頑張る」というひたむきな気持ちは、持ち続けている。
 横浜の戦力はファンがひいき目にみても、巨人のそれと比べれば劣勢であることは明らか。しかし、名将野村克也監督が言っているように「野球は強い者が勝つとは限らない」。三浦の言動に、若手が多いベイスターズの選手は何を思うか。98年の優勝を過去のものとして、新しいチーム編成に踏み切った09年の横浜は新しい芽が今出つつある。

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