日めくりプロ野球 5月

【5月4日】1991年(平3) とりあえずのスクランブル登板が…横田久則1345日ぶりの白星

[ 2009年5月1日 06:00 ]

98年5月6日、11年ぶりの完投勝利を収めた横田(右)。同期入団の清原とは仲が良く、入団時はよくプライベートでも行動を共にしていた
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 【西武9-8近鉄】試合開始から20分しか経過していなかったが、西武ブルペンはもう慌しかった。先発のエース、渡辺久信投手が近鉄・大石大二郎二塁手の先頭打者本塁打と鈴木貴久右翼手の3点本塁打で4点を失い、34球わずか3分の1回でKOされた。「とりあえず、この回なんとかしてくれ」と八木沢荘六投手コーチに泣きつかれた横田久則投手がマウンドに上がった。

 7番DHの石井浩郎内野手、8番光山英和捕手を連続三振に仕留めた横田。この回なんとか、のばすが「もう少しいってみるか」(森祇晶監督)ということになった。
 「1人ずつ、1人ずつ。とにかく行けるところまで。そう言い聞かせながら投げた」。シーズン2試合目の登板。もう4年も白星のない右腕は、壊れかけた試合を立て直すというより、目の前の打者に全力投球することだけを考えていた。投球数85、1安打5三振2四球。気がつけば5回までスコアボードに0が並んだ。その間、味方は制球の定まらない野茂英雄投手を攻略。6-4と逆転に成功。横田に勝利投手の可能性が出てきた。
 そこからが長かった。西武は6回、横田と同級生で同じ86年入団の主砲清原和博一塁手の二塁打などで3点を奪い、勝負を決めたかに見えたが、3番手の鹿取義隆投手が9回につかまり2失点。代わった潮崎哲也投手もジェームス・トレーバー一塁手に2点本塁打を浴び、たちまち1点差にとなった。
 「頼むから…お願いだから…」。顔には出さずともベンチに座る横田の心中は祈る思いだった。2死までこぎ着け迎えたのはこの試合1発を放っている鈴木。トレーバーにスタンドへ放り込まれ、気合いが入った潮崎はストレートで投ゴロに打ち取った。
 それまでニコリともしなかった男がようやく笑った。横田にとって、1345日ぶりのうれしい1勝。「3年8カ月ぶりですか…。長かったですね」。ウイニングボールをギュッと握り締め、感慨深げ。それ以上あまり言葉にならなかった。
 和歌山・那賀高出身。同期でただ一人甲子園未経験でドラフト6位も“ポスト東尾”の呼び声高く、将来を期待されていた。時代がまだ昭和だった87年8月28日、ロッテ18回戦(西武)で7安打完封勝利を収めた。しかしその翌朝、運命は一転。顔を洗おうとしたら腕が上がらなくなっていた。シャットアウト勝ちという栄光は、右肩痛との戦いの始まりでもあった。
 翌88年はランニングと筋トレに明け暮れ、89年はボールが握れるようになり、90年はファームで2勝。牛歩の歩みで回復し、ようやくたどり着いた平成初の白星だった。
 それからも横田は肩痛に悩まされ続けた。1345日を上回る、1443日ぶりの勝利を挙げたのは95年4月13日のロッテ3回戦(西武)。あの肩痛が発生する前日以来の完投勝ちを収めたのは、98年5月6日のオリックス4回戦(西武ドーム)。実に11年、3904日の歳月が流れていた。
 ロッテ、阪神と渡り歩き2度の戦力外通告を乗り越え、06年に台湾で引退。日本での通算成績は26勝43敗もファンの印象に残る忘れられない投手の一人だ。

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