日めくりプロ野球 5月

【5月22日】1969年(昭44) ON砲、ただ1度のダブルアベック本塁打

[ 2008年5月14日 06:00 ]

V9時代の王(後列左)と長嶋(同右)。08年からヤクルトの指揮を執る高田(前列左)と柴田の俊足コンビがチャンスメークしONが返すというのが得点パターンだった
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 【巨人9-4アトムズ】巨人・王貞治一塁手と長嶋茂雄三塁手のいわゆるON砲が1試合で2人とも本塁打を放つアベック本塁打。長嶋が引退する74年までの16年間で計106回記録されたが、ON2本ずつのアベック弾は後にも先にもこれ1回きりだった。
 神宮球場でのアトムズ(現ヤクルト)9回戦。初回、まず3番の王が風速13・2メートルの強烈な追い風に乗って、ノンプロ全鐘紡を経てドラフト1位で入団した新人の藤原真投手から右翼へ8号2点本塁打で先制点を奪った。

 続く4番・長嶋は外角の直球を逆らわず打って右中間の最深部に飛び込む6号ソロ。長嶋は前日のアトムズ8回戦の最終打席に続いての2打席連続アーチ。しかもプロ野球4人目(当時)の通算300号となった。
 「ワンちゃんのが入った後だったので、オレも“もういっちょ”って感じでムラムラ燃えた。こんな気持ちになったのは初めてさ」と興奮しきった長嶋。300号のことは十分頭の中にあったようで「神宮では学生時代からやっているせいだろうか、飛ばしたくなるんだよ」と、東京六大学通算8本塁打でリーグ記録(当時)を打ち立てた球場で節目の一発を狙っていたようだった。
 アベックホーマーでルーキーをわずか14球でKOしたON。打棒はさらに爆発する。4点リードの6回、長嶋が浅野啓司投手からまた右方向に今度は7号3点弾。長嶋の打球は「右方向の方が伸びる」とは、立教大学の先輩で“親分”こと大沢啓二元ム日本ハム監督。その通り右翼手が捕球できそうな態勢で追いかけたものの、気がつけばスタンドインしていたという打球だった。
 そして8回。王が浅野から9号ソロ。ON2本ずつのアベック本塁打を目の当たりにした3万5000人の観衆はまさに歴史的瞬間に立ち会ったことになった。
 ONアベック弾の歴史が始まったのは王がプロ1年目、長嶋が2年目の59年。6月25日、後楽園での阪神11回戦、あの昭和天皇が観戦された天覧試合が1回目であるのは有名な話だ。そして最後の106回目は74年10月14日、後楽園での中日25回戦。長嶋引退試合のダブルヘッダー第1試合だった。
 「長嶋さんが引退する日にホームランを打ててよかった。長嶋さんがいたからこそ、今の王貞治がいるといえるのだから…」。そう言った後、感極まって号泣したことは、あまり知られていない。
 アベックホームランを打ったときの巨人の勝率は何と8割4分5厘。日本シリーズでも5回記録しているが、1度も負けなかった。
 オールスターでのアベック弾は1回だけ。63年7月23日、今はなき東京スタジアムで。3回に長嶋が南海・高橋栄一郎投手から中越え2ランを放つと、王が9回に南海・森中千香良投手からライトへソロ。王は前年から3試合連続アーチでこの試合の殊勲選手賞を獲得。長嶋も打撃賞に選ばれた。
 大リーグでのアベック本塁打はアトランタ・ブレーブスデのハンク・アーロン外野手(通算755本塁打)とエディ・マシューズ三塁手(同512本)が有名だが、2人の“共演”は75回。最近では両雄並び立つような強打者が同一チームに見当たらず、アベックホームランは野球界で死語になりつつあるのは悲しい。

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