日めくりプロ野球 5月

【5月14日】1977年(昭52) “黒い弾丸”デービス、満塁ランニングホームラン

[ 2008年5月8日 06:00 ]

77年開幕戦の巨人戦で猛烈なスライディングをするデービス
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 【中日7-2巨人】別名“コメット”(すい星)が本領を発揮した。大リーグ17年間で通算396盗塁、安打数は2500本を超える、ウィリー・デービス中堅手が、ナゴヤ球場での巨人5回戦の7回、西本聖投手から右翼フェンス直撃の満塁ランニング本塁打を放った。

 打球の速さもさることながら、メジャー盗塁王(2回)の快速は37歳になっても衰えず、塁間を9歩で疾走。特に二塁を回ってからはあっという間で、前を走る過去3度盗塁王のタイトルを獲得した高木守道二塁手は「二死だから全速力で走ったけど、振り返ったらすぐ後ろにいた」と慌ててホームを駆け抜けた。
 ボールが内野に返ってきた時はホーム上でクロスプレーになるようにも見えたが、スライディングこそしたものの、矢沢正捕手はタッチすらできずにデービスはすでにスクっと立ち上がり、ユニホームについた砂を払っていた。ベンチでドラゴンズナインに迎えられたデービスは三塁側の巨人ベンチに向かって“アッカンベー”。ナゴヤ球場は一触即発の雰囲気になった。
 「何をそんなに騒ぐんだい。オレは大リーグで(ランニング本塁打を)10回くらいやっているんだぜ。驚くことはないさ。でも、満塁では初めてだな」。試合終了後、取り囲んだ報道陣にデービスは左目でウインクをしながらしてやったりの表情。開幕シリーズの後楽園で巨人に2連敗した中日は、テービスの一撃で対巨人戦で77年初勝利を挙げた。
 デービスはその5日後の阪神9回戦(甲子園)で快足を飛ばし中前二塁打を記録。本領を発揮し始めた“黒い弾丸”に各球団は目を光らせるようになった。
 しかし、鮮やかな走塁だけでは払しょくできない、テービスに対する中日ナインの違和感は日に日に募っていった。朝はお経で目覚め、全体練習は一度も参加せず、ロッカールームではまたお経のカセットテープをラジカセから流す。練習後の風呂を一番で入り、終わると他の選手が入っていないにもかかわらず、栓を抜いてしまう。試合が始まってもデービスはサインを無視して勝手にプレーするから、ドラゴンズベンチは作戦が立てられない。メジャーのオールスター選手とは分かっていても、そんな奇行だらけのデービスにナインも与那嶺要監督も参っていた。名古屋で外食すれば「オレの顔を知っているかい」と言って、相手が「デービスさんですか」と答えると、ニッコリ笑って代金を払わずサヨウナラ。球団事務所はテービスの“ツケ”の請求書が瞬く間に山積みとなった。
 それでもチームが勝てば笑い話で済むが、ドラゴンズは開幕以来、5、6位と低迷。チームの和を乱すスタメンからいつ外そうか、いつ外そうかと首脳陣が思案していた最中の7月、デービスは打率3割5分7厘、10本塁打21打点で月間MVPを獲得。「すごく嬉しい。こんなにいい成績だったのは、チームのために頑張ったからだ」と本人は上機嫌だが、メンバーから外す口実のなくなった与那嶺監督は逆にガックリしながら、広島遠征の新幹線に身を任せた。
 ところが、一寸先は闇である。月間MVP受賞が決まった夜の広島15回戦(広島市民球場)の4回、三村敏之遊撃手の大飛球をフェンス際でシングルキャッチした際によろけた体を左手で支えようとしたデービスは手首を骨折。そのまま戦線離脱し、ハワイに帰り療養することになった。
 すると中日は途端に勝ちだした。8月は5連勝を含む15勝7敗2分で4位に浮上。9月には3位となり、前年4位からAクラスに返り咲いた。デービスがいない間、2年目の田尾安志、トレード問題で出遅れた藤波行雄の両外野手が活躍。「デービスがいない方が勝てる」という意見は誰しもが一致したものとなり、放出を決定。話題性で観客動員につなげようとしたクラウンライターが獲得の意思を示し、ドラゴンズは無償に近い金銭トレードで譲った。
 クラウンでは127試合で18本塁打69打点12盗塁、打率2割9分3厘と38歳という年齢を考えれば、十分な働きだったが、やはり奇行に悩まされた球団は、新生・西武ライオンズに生まれ変わるのを機にデービスを解雇。同時期に夫人がハワイで転落死する不幸に見舞われ日本を後にした。帰国後、大リーグ、エンゼルスで再起を目指したが1年で退団した。
 そのデービスが再度話題となったのは、日本を去って20年後の96年3月。カリアォルニア州のの実家で両親に現金を要求。日本刀や手裏剣で脅して現地の警察に逮捕されたというニュースが伝わった時だった。当時デービスは55歳。定職にもついておらず、日々の生活にも困るほどだったという。しばしば脅迫まがいのことをしていたようで、両親は「息子が立ち直るためにも」と保釈金は払わなかった。その後の消息は判然としない。

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