日めくりプロ野球 5月

【5月2日】1984年(昭59) 満塁男・駒田徳広 2年連続1号はグランドスラム

[ 2008年4月27日 06:00 ]

89年、近鉄との日本シリーズ第7戦で先制本塁打を放った駒田徳広内野。チャンスでの併殺打が多い印象もあるが、ここぞという時の勝負強さが光った
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 【巨人10-8大洋】借金5。開幕からエンジンのかからない王貞治監督1年目の巨人は2点を追う4回、一死満塁のチャンスをつかむと早くも勝負に出た。2番・鈴木康友遊撃手に代わり、ピンチヒッターは駒田徳広内野手。前年の83年4月10日、史上初のプロ初打席満塁本塁打を放ち、満塁での打率5割8分3厘をマークした“満塁男”を指揮官は迷わず起用した。

 マウンドには大洋のエース・遠藤一彦投手。決め球は落差の大きいフォークボールだ。「駒田は落ちるボールについていけるタイプ。遠藤のフォークも何とかしてくれる」。王監督の駒田起用は満塁だからという偶然ではなく、それなりの根拠があった。
 カウント2-3まできた。フォークを連投する遠藤のボールをよく見極め、7球目を待った。若菜嘉晴捕手のサインはストレート。145キロの直球は外角高め。甘く入った。
 バット一閃。ジャストミートした打球は右中間へ飛び込んだ。駒田のシーズン1号満塁本塁打は、見事な逆転打となった。昨年のプロ1号も後楽園の大洋戦。相性のいい対戦カードでの一撃は、この年後楽園で7戦目の巨人に初勝利をもたらした。
 84年開幕からの代打成績は7打数1安打だった駒田。「100の力を120出そうとして今まで力んでいた。力を抜くことを心がけて打ったら飛んでいった」と独特の“打法”での得意技に久しぶり笑顔がこぼれ出た。
 20年の選手生活で13年間在籍した巨人でのグランドスラムは5本。本当の意味で満塁男となったのは、94年にFAで横浜へ移籍してからだった。99年まで6年連続計8発を放り込んだ。現役13本の満塁弾は、王貞治(巨人、15本)、藤井康雄(オリックス、14本)、中村紀洋(中日、14本)に次いでプロ野球史上4位、6年続けて放ったのはオリックス時代のイチロー外野手と並んで2人しかいない。
 駒田と満塁との関係は高校時代からあった。奈良・桜井商高3年春の県大会決勝、投手だった駒田は天理高の打者に満塁本塁打を浴びるも、その後自らグランドスラムを打っている。
 甲子園出場はかなわなかったが、高校通算43本塁打のバッティングは関西では評判となり、阪神がいち早く食指を伸ばしたほど。しかし、阪神のスカウトが駒田に接触し、打撃指導をすると練習をやめてしまった。当時から自分なりの打撃理論があった駒田にはスカウトの指導は雑音だったのである。
 満塁男と呼ばれたことに駒田は「もともとチャンスに強い方ではない打者。ただ、デビューが満塁本塁打だったから、相手の投手が、満塁で駒田は嫌だな、と勝手に思ってくれて甘い球が多くきたのが、いい結果につながった」と述べている。
 鮮烈なイメージのまま1軍で18年活躍した駒田の通算安打数は2006本。08年現在、いわゆる名球会入りした打者37人の中では一番少ない安打数だが、初打席で本塁打を放ち、大台の記録を達成したのは、中日・高木守道内野手(2274安打)と2人だけ。もちろん満塁アーチは駒田のみである。

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