日めくりプロ野球 4月

【4月10日】1998年(平10) 想定外!大魔神退場「もう赤のフェラーリは乗ってこねぇ」

[ 2011年4月10日 06:00 ]

勝利の握手を交わす佐々木(右)。だがこの日はその光景が見られなかった
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 【横浜4―3巨人】あと1球で終わるはずだった。決め球フォークではなく、選んだのがストレートだったのが災いした。横浜の守護神・佐々木主浩投手が巨人の代打・石井浩郎内野手に投げた144キロの直球が顔面付近に当たった。

 打席に倒れこむ石井。佐々木は天を仰ぎ「あーっ!」と思わず大声を上げた。死球であることを確認した谷博球審が、大魔神に向かって危険球退場宣告を下した。

 「肩じゃないッスか!」。血相を変えて佐々木が谷球審に詰め寄る、女房役の谷繁元信捕手も「顔じゃない。肩、肩だよ」と訴える。しかし、谷球審はマイクを握りファンに「危険球により佐々木投手を退場にします」とアナウンス。佐々木がふてくされながら一塁側ベンチへ。グラブを投げつけ、そのまま奥へと消えた。

 さあ、困った。1点差の2死一塁で誰かが大魔神の代わりを務めなければならない。権藤博監督はブルペンで休んでいた島田直也投手に白羽の矢を立てた。1度肩を作っていたとはいえ、もう出番がないと確信していた中でのスクランブル登板。肩もそうだが、それ以上に気持ちを作っていく方が難しかった。

 マウンドで規定の5球の投球練習だけ終えると、代打の助っ人ダンカン内野手と相対した。4球目。やや甘く入ったストレートを弾き返した打球はセンターへ。思わず振り返った島田は、守備固めに入っていた井上純中堅手の動きに目をやった。

 落下点に入りがっちり捕球。8回裏に完封負けペースからの逆転、そして9回佐々木の退場と“波乱万丈”な巨人との98年初顔合わせは横浜の薄氷を踏む勝利で終わった。

 「締められて良かったよ。最後は甘い球?気迫の勝利だね」と島田。佐々木の後を受けてセーブが付くという珍しい記録は、島田自身、94年9月9日のヤクルト20回戦(横浜)以来、4年ぶり。「佐々木を出してもこういうことがあるんだから野球は何があるか分からん」と権藤監督。風雲急を告げる事態も何とか踏ん張ったことに安堵の笑みを浮かべた。

 「肩に当たったから大丈夫」とは当てられた石井。佐々木とは何かと因縁があり、97年6月26日の15回戦(横浜)では巨人移籍後初本塁打を放っていた。さらに先の話になるが、98年7月14日の15回戦(横浜)でも石井の打ったゴロを石井琢朗遊撃手が失策し、その後佐々木が2点差を守れず同点にされる試合があった。

 チームは勝ったものの釈然としない佐々木。「インハイ攻めたのが引っ掛かったけど、退場はちょっと…」と危険球という判定には納得がいかなかった。「もうこの赤のフェラーリは乗ってこねぇ」と駐車場でボヤき、ハマスタを後にした。

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