日めくりプロ野球 4月

【4月8日】1975年(昭50) 長嶋巨人初勝利 堀内恒夫どうしても勝ちたかった意地の完封

[ 2011年4月8日 06:00 ]

監督として初勝利を喜ぶ長嶋監督。背番号18は完封の堀内恒夫投手
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 【巨人7―0広島】120球を投げきった背番号18を出迎えた背番号90が開幕5日目で初めて笑った。就任1年目、長嶋茂雄監督率いる巨人がシーズン初勝利。エース堀内恒夫投手が3安打完封で、ヤクルトに神宮で開幕3連戦で勝ち越した広島の本拠地凱旋試合に土をつけた。

 「本当にしんどかった。チェンジアップが効いたね。調子は良くなかったけど、今日負けると13年ぶりの開幕3連敗って聞いた。僕が入団してからはこんなことはなかったし、13年前は優勝できなかった。先発の僕がよほど頑張らないとと思っていた」と堀内。

 初回、1死一、二塁で4番ゲイル・ホプキンス一塁手の一、二塁間へのヒット性の当たりを、上田武二塁手が好捕。二塁走者はてっきり右前へ抜けたと思い本塁へ向かったが、上田から吉田孝司捕手へ返球され憤死。開幕の大洋戦で3回で6失点しただけに、立ち上がりが心配されたが、なんとか鬼門の初回を切り抜けた。

 エースの負けられないという気持ちに打線が応え、ピンチの直後の2回には河埜正和遊撃手の1号2点本塁打などで3点を先取。大洋3連戦で1度も先に点を取ることができなかった巨人にとって4試合目にして待望の先制点だった。「先手を取ればウチのペースで行けるんだ。エースで勝っていい形ができた。さあ、これから」。長嶋監督の言葉にも力がこもった。

 エースとして13年ぶりの屈辱を回避した堀内だが、もう一つ負けられない理由があった。この完封で通算149勝目を挙げたが、ライバルの阪神・江夏豊投手も通算148勝で、どちらが先に150勝を達成するか、注目の的だった。

 「気にしていない」と2人は口をそろえたかのように番記者から質問が飛ぶとかわしていたが、それは表面だけ。72年(昭47)6月9日、互いに99勝同士で激突した際には堀内が完封勝ち。江夏は「150も200もホリさんより先に勝ちたい」と親しい関係者にはもらしていた。当の堀内も「江夏と投げ合って勝ちたい。そのためにはこの広島戦に勝って(江夏と投げ合って勝つ)挑戦権を得ないと」と、KOされた後の1戦に並のみならぬ決意でマウンドに上がった。

 堀内初完封から12日後の4月20日、後楽園で巨人―阪神3回戦。日曜日のデーゲームで顔を合わせた、堀内と江夏は江夏が9回に2点を失ったものの、完投勝利。150勝目を飾った。「100勝はオレが早かったし、これで行ってこいだ。200勝?の方が長持ちするから先だ」。精いっぱいの強がりを見せた堀内だった。

 その200勝は江夏がストッパーに転じたことで堀内の方が早く、80年6月2日に達成。江夏は南海、広島と渡り歩いて4球団目の日本ハム時代の82年7月2日、後期開幕となった近鉄戦で記録。堀内は通算203勝、江夏は206勝でユニホームを脱いだ。

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