日めくりプロ野球 4月

【4月7日】2009年(平21) 井口資仁“トリプル・メモリアル”「4番居心地悪い」

[ 2011年4月7日 06:00 ]

2回、井口は通算150号となる左越え1号ソロを放ち、ベンチのナインとハイタッチ
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 【日本ハム9―1ロッテ】初回先制機になんと三重殺。ロッテとしては流れを変えたかった。

 だから4番は迷わず振りにいった。メジャーリーグから日本球界に復帰した、ロッテ・井口資仁二塁手は2回、日本ハム先発の多田野数人投手の初球のスライダーをたたいた。

 打球はそのまま東京ドームの左翼席中段ではねた。公式戦に入って15打席目、オープン戦でも47打席で1本もなかったロッテでの1号本塁打が飛び出した。

 ロッテでの初のアーチは日本での通算150号本塁打でもあった。プロ初本塁打はダイエーの選手としてルーキーイヤーとなった97年5月3日、福岡ドームでの近鉄4回戦の4回、プロ3打席目で山崎慎太郎投手から放った満塁本塁打。過去初本塁打がグランドスラムという選手は当時5人いたが、初出場の試合で満塁弾を打ったのは井口が初めてだった。

 初アーチが“特別”だったように、節目の150号もおまけが付いた。この一発で井口は全打順での本塁打を記録した。指名打者制が30年以上続いているパ・リーグで生まれる可能性が高い記録は、89年に日本ハム・古屋英夫内野手が達成して以来、井口で7人目。初本塁打は2番で、最後は4番で打った初めてのホームランで決めた。

 過去6人は8番と9番で2人ずついたほかは、97年に達成した田中幸雄内野手(日本ハム)が5番で、99年に記録した小川博文内野手(オリックス)が1番でと、4番で最後のピースを埋めたのは井口だけ。しかも、日本球界在籍9年での到達は小川、同僚の堀幸一内野手(ロッテ)の11年を抜き、最少年数での達成となった。

 日本復帰1号、通算150号、7人目の全打席本塁打と“トリプル・メモリアル”の井口。バットと交換でスタンドのファンから戻ってきた記念の球を手にした。「150号より全打席本塁打の方がうれしい。勝っていれば最高でしたけれど」。井口のメモリアル弾で先制も終盤投手陣が崩れ大敗。気持ちよく球場を後にすることはできなかったが、復帰1年目の初アーチとしては記憶に残るものとなった。

 青山学院大時代など、チームの4番に据わることが多かったアマの時とは違い、プロに入って4番で初本塁打という事実が示すように、井口はこの打順に慣れていなかった。「居心地が悪い。タイプ的には4番じゃない。自分としては4番目に打つ打者という気分で打席に入っている」。同じロッテのサブロー外野手が日本一になった05年に“つなぎの4番”で話題となったが、井口の心境もそれに通じるものがあった。

 それでもメジャーから5年ぶり復帰で進化を遂げたところをみせた。メジャーでも貫禄負けしないようにと、筋力トレーニングと食事によって肉体改造に成功。打席で風格が漂うと、結果も伴った。4月16日の楽天3回戦ではサヨナラ満塁本塁打、30日のオリックス6回戦でもサヨナラ3点弾と勝負強さが際立った。5月の左太もものケガが残念だったが、翌2010年はチームの5年ぶりの日本一に貢献した。

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