日めくりプロ野球 4月

【4月29日】1994年(平6) 3球で24年ぶりの快挙!メジャー51勝・大家友和はじめの一歩

[ 2010年4月1日 06:00 ]

初勝利を挙げた当時の大家の投球フォーム。12年ぶりの復帰で進化したピッチングを見せるかどうか注目される
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 【横浜8―5ヤクルト】笑顔を見せながらも、なんとなく複雑そうな表情だった。「なんかいいんですかねぇ…。実感ないなぁ。だって打者1人にしか投げてないんですから。どこまでツイているのかなって感じです」。首をかしげながらウイニングボールを見つめる、弱冠18歳の新人右腕はそれでも記念球をそっとバッグにしまった。
 横浜のドラフト3位、大家友和投手が横浜でのヤクルト4回戦でプロ初勝利を挙げた。京都成章高出身の大家だが、高校出の投手がルーキーイヤーに白星を挙げるのは、89年以来5年ぶり。さらに言えば、4月に勝ったとなると、1970年(昭45)4月19日に近鉄・太田幸司投手がロッテ戦で初勝利を挙げて以来、実に24年ぶりの快挙だった。

 プロ2試合目の1軍登板は3球で終わった。先発の有働克也投手の後を受け、大家は8回2死二塁で登板。1点をやればヤクルトの勝利は濃厚になる。失点の許されない場面での出番だった。
 「厳しい場面を早くから経験させようと思った」と近藤昭仁監督。2点負けているとはいえ「二塁走者を還さなければ、何とかなると思って谷繁(元信捕手)さんのミットめがけてストレートを思いっきり投げました」と、力のある真っ直ぐで飯田哲也中堅手を左飛に仕留めると、小走りでベンチに戻った。
 その言葉通り、試合は何とかなった。横浜はその裏、4番グレン・ブラッグス右翼手がこの日2本目の5号ソロを左翼ポールにぶつけると、横浜打線は一気に炸裂。6点を奪って逆転に成功。9回は佐々木主浩投手と併用のダブルストッパーの1人、盛田幸希投手が無死一、二塁のピンチを招きながらも後続を断ち、横浜は逆転勝ち、大家に初勝利が転がり込んだ。
 「運の強い子だね。これからが楽しみ」と近藤監督が期待した右腕だが、すべての運をこの夜に使ってしまったかのように1軍では以後勝てなくなった。横浜が38年ぶりに優勝した98年もわずか2試合に登板しただけだった。
 34試合で1勝2敗、防御率5・65。5年間で大家が残した1軍での全成績だった。これで大リーグに挑戦しようというのだから、正直なところ誰もが笑った。が、結果はメジャーで51勝をマーク。日本人メジャーの開拓者、野茂英雄投手に次ぐ日本人投手2位の勝ち星を挙げた。“やってみなければ分からない”。スポーツの世界ではしばしば持ち出される言葉だが、これほどあてはまる事例もそう多くはない。
 ドラフト候補に名前が挙がっていた時は、巨人が第1志望。続いて阪神、中日といったところで、意中の球団に横浜は含まれていなかった。が、ひとたび横浜に世話になることを決めると、背番号「56」を希望。「巨人の松井(秀喜外野手)さんを超えたい」という意味で「55」より1つ大きな番号を選んだ。負けん気の強さがあったからこそ、実績のない投手が米国で成功できたのだ。
 12年ぶりに古巣に戻ってきた大家がどんな投球を見せるか。最高峰のメジャーリーグから地方の独立リーグまで経験した男から、伸び悩む若手が多い横浜投手陣が何を学ぶか。低迷横浜の起爆剤になる可能性は十分だ。

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