日めくりプロ野球 4月

【4月22日】1975年(昭50) 来日2日でいきなり代打 デーブ・ジョンソンVS星野仙一

[ 2010年4月1日 06:00 ]

ヤクルト戦からスタメン出場したジョンソン。初本塁打は来日12打席目だった
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 【巨人6―6中日】遠征帯同もベンチで見学、という話のはずだった。が、同点の6回2死一、二塁、巨人・長嶋茂雄監督は使わずにはいられなかった。ベンチを飛び出し、球審に告げた。「ピンチヒッター、ジョンソン」。
 長嶋巨人待望の現役メジャーリーガーは、20日夜に来日。時差ぼけのまま多摩川グラウンドで練習をしたのが21日。22日には1軍登録され、新幹線に乗って名古屋へ。試合前のフリー打撃で10分打ち込み、スタンドインは2本。来日準備で4月中はほとんど野球をしていない体にもかかわらず、最下位にあえぐ巨人は1日でも早く“救世主”が欲しかった。

 中日ベンチも動いた。左腕の竹田和史投手から、リリーフエース星野仙一投手がマウンドに上がった。「星野しかおらんやろ。青い目の外国さんギャフンと言わせられるのは仙一だけや」。近藤貞雄投手コーチの進言に与那嶺要監督はうなずいた。
 不安そうにバットを振る現役大リーガーに星野の表情は険しく、力でねじ伏せるといった雰囲気がありあり。「何千万、何億もらったか知らんが、負けられんで」と木俣達彦捕手と言葉を交わした星野。注目の初球を投げた。
 入りは外角のスライダーでストライクを取った。外国人選手の初球、ストレートは禁物だ。鉄則通り変化球で入り、様子をみた。ピクリとも反応しないところを見ると、真っ直ぐ狙い。来日2日で調整不十分という状況も踏まえて、中日バッテリーは組み立てを工夫した。
 なんと3球続けてフォークボールを連投した。力勝負のメジャーリーグではまずない配球。いつかファーストボールが来ると待ち構えていた1メートル88の大型外国人は1度もバットを振らなかった。いや意表をついた攻めに振れなかったというのが正しい。あっけなく見逃しの三振に倒れた背番号5はうなだれながらベンチに戻るしかなかった。
 「ファーストボールが1球もこなかった。4年前、オリオールズのメンバーとして来日した時は日本の投手はどんどん速い球で勝負してきたのに…」とジョンソン。あの時は日米野球の親善試合。自分のボールがどこまで大リーガーに通用するのか、ストレート勝負する投手が多かった。しかし、今度は食うか食われるかの公式戦。大リーグ通算124本塁打のスラッガーに最初からまともに勝負するわけがなかった。燃える男、星野仙一も頭はクールに計算していた。
 巨人を救う期待の星はその後も簡単にヒットが出なかった。その2日後の24日にも中日戦で満塁のチャンスに起用されたが三ゴロに倒れ、名古屋では2試合3打数無安打。長嶋監督は「後楽園に戻ったらスタメン」という予告どおり、4月26日のヤクルト1回戦から「3番・三塁」で起用。しかし4打数無安打に終わった。
 そろそろ…と巨人ファンがしびれをきらした、28日に10打席目にして初安打となる二塁打をヤクルト・松岡弘投手から放つと、9回には石岡康三投手から左翼へサヨナラ本塁打。日本で野球を始めてから1週間。やっと背番号5が笑った。

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