日めくりプロ野球 4月

【4月21日】2009年(平21) “やっていけそうもなかった”岩瀬仁紀 ついに球団歴代1位

[ 2010年4月1日 06:00 ]

 【中日2―1阪神】9回、一打同点の場面。しかし、こんなことは何度も経験してきた。中日のストッパー、岩瀬仁紀投手は顔色一つ変えずに直球で阪神の4番金本知憲左翼手を空振り三振に仕留めた。

 シーズン3セーブ目。いつもとそう変わらない勝利の瞬間。ホッとする一瞬でもある。ただこの日は少し趣が違った。ナゴヤドームのマスコットガールが岩瀬に近づくと「おめでとうございます!」と言って大きな花束を差し出した。球場の大型画面には映し出され文字は「球団最多587試合登板」。花束の意味が分かった岩瀬は、ナインに祝福されながら、一塁側、ライト側のドラゴンズファンに向かって花束を高々と掲げた。
 「ここまで来られるとは思わなかった。いろいろ経験してきたことが引き出しになっている。これからも一つ一つ必死に積み上げていきたいし、抜かれない記録を作っていきたい」。70年以上の中日球団の所属投手の中で、一番チームのためにマウンドに登った左腕は、11年かかってたどり着いたこの記録を誇った。
 それまで586試合登板でトップだったのは若手の頃は抑えとして、ベテランになってからは先発として17年間中日一筋で投げ、通算124勝96セーブをマークした鈴木孝政投手。「(球団最多登板は)自分の中では自慢だったが岩瀬に抜かれるなら仕方がない」と後輩を祝福した。
 この2人。実は岩瀬が入団前に鈴木を訪ねて、プロでの心構えを聞いている。その時の先輩右腕の印象は「物静かでギラギラしたものがない。プロでやっていけるのか…」というものだった。入団当初、左腕ということで首脳陣も期待したが、キャンプでの評価は「使えてもワンポイント」。99年4月2日、プロ初登板となった広島1回戦1死も取れずに終わった。そんな期待薄だったサウスポーが数々の記録を打ちたてるとは誰も予想できなかった。
 愛知・西尾東高時代は夏の県大会でノーヒットノーランを演じたが、愛知大に進学後はバッティングセンスを生かし投手兼外野手として活躍。愛知大学リーグ歴代2位の通算124安打を放った。打者・岩瀬は大学のオールジャパンでも中軸を打つレベルで注目されたが、3年の時、中南米に遠征した際、とんでもない打者と出会って投手に専念する気持ちを固めた。
 岩瀬に衝撃を与えたのは青山学院大の井口忠仁(現資仁、ロッテ)内野手。「こういうレベルじゃないとプロでは通用しない」。井口の存在とともに、リーグ最多安打記録にあと1本になりながら最後に打てなかったことも岩瀬にバットを置かせる大きな決意をさせた。
 打者・岩瀬はプロで数字を残せたであろうか。ちなみに岩瀬の打撃成績は48打数11安打で2割8厘。二塁打1で打点は3という数字が09年まで残っている。

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