日めくりプロ野球 4月

【4月15日】2008年(平20) 因縁の遺恨試合 パウエル、罵声の中での登板

[ 2010年4月1日 06:00 ]

 【ソフトバンク7―3オリックス】ソフトバンクの5番手、小椋真介投手が、オリックスの指名打者タフィー・ローズをショートへのフライに打ち取ると、1メートル96、106キロの巨漢、先発のジェレミー・パウエル投手はベンチで満面の笑みを浮べた。

 2回、アレックス・カブレラ一塁手と浜中治右翼手に本塁打を浴び、2点を奪われたが、その後は走者を出しながらも要所を締め、6回に松中信彦左翼手の同点2点弾が飛び出し同点に。パウエルは6回を投げ5安打5三振2失点に抑えると、7回に川崎宗則遊撃手の勝ち越し三塁打で逆転。王貞治監督は残り3イニングを4人の投手を繰り出して逃げ切るという執念の采配をみせ、パウエルに白星を付けた。
 「これで肩の荷が下りた。勝ったことでひとつのピリオドが打てた」。シーズン初登板で初勝利を挙げたパウエルは感慨深げにインタビューに答えた。膝を手術し、復帰後も勝ち星に恵まれなかったため、巨人時代の06年10月3日に白星が付いて以来、実に560日ぶりの勝利の味だった。
 因縁の遺恨試合だった。京セラドーム大阪でパウエルがコールされると、場内の至る所からブーイングと罵声が飛び交った。「この裏切り者」なんて言われるのはいい方で、表現するのがはばかれるような汚い言葉でののしられた。ここは01年に近鉄で日本球界でのキャリアをスタートさせた思い出のスタジアムであるはずなのに、温かく迎えてくれるどころか、今は球場中が敵に見えた。
 誹謗中傷される理由は十分すぎるほどあった。1月、巨人を自由契約になっていたパウエルにオリックスが触手を伸ばし、1年契約で合意に至った、と発表した。ところが約3週間後、ソフトバンクからもパウエルと契約交わしたという発表があった。
 いわゆる二重契約だった。オリックスと約束を交わしておきながら、後から出てきたソフトバンクに乗り換えたという構図になるが、オリックスが提示した年俸が5500万円、ソフトバンクのそれが1億円。分かりやすい判断でソフトバンクを選んだ外国人を見る目は、約束を破ったという道義的な問題もあったが、当然厳しかった。両球団だけでなく、コミッショナーを巻き込んでの騒動は結局、両方の契約を一旦白紙にし、改めてパウエルの意志で交渉するという裁定で強制的に決着させたが、しこりは残らないはずがなかった。
 巨人を解雇されたパウエルは日本で通算67勝をマークしたキャリアを武器に、他球団から入団の話がすぐにでもあるものと考えていたが、年内に話はなく、焦燥感を抱きながら新年を迎えた。現役続行の気持ちが強かったパウエルに最初に声をかけたのがオリックスだったが、それはあくまでも“保険”。条件がいい球団、優勝を狙える球団があればそちらへという思いがあった。
 「大きな戦力が加入した」とオリックス戦の勝利に王監督は大喜びしたが、結局8月にあと1勝しただけで退団。手術した右膝の状態は芳しくなく、かつての最多勝右腕の面影はなかった。
 2010年、ピッツバーグ・パイレーツ傘下のマイナーチームに所属するパウエル。34歳の右腕がもう一度来日することはあるのか。日本での実績は認めるが、騒動の経緯を考えると二の足を踏まざるを得ない。

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