日めくりプロ野球 4月

【4月14日】1999年(平11) ファームの試合中から駆けつけたボーリック 初打席初本塁打

[ 2010年4月1日 06:00 ]

 【ロッテ6―4オリックス】甘く入ったシンカーを見逃さなかった。快音を発した打球を追うオリックス・イチロー右翼手の足はゆっくり。右中間で白球を見上げるだけで、スタンド中段に突き刺さった白球を見届けるしかなかった。
 8回裏、途中から守備に入ったフランク・ボーリック一塁手は徳元敏投手から試合を決める2点本塁打を放った。「代打じゃなくて、守備から試合に入れたことが良かった。落ち着いて打席に入れたよ」。来日1年目の新外国人選手は話している内容とは裏腹に興奮気味にまくしたてた。

 これが日本での初本塁打。しかも初打席での一発だった。開幕9試合目のこの日まで、ボーリックはファーム暮らし。この日もロッテ浦和球場のイースタンリーグ、対日本ハム戦に「3番・一塁」でスタメン出場。初回、守備に就いた。
 ところがベンチに戻ると、通訳を通して1軍昇格が決まったことを告げられ、すぐに千葉マリンスタジアムに来るようにと言われた。「せめて1回打ってから行きたい」とボーリックは申し出たが、「今からすぐ行けば打撃練習はマリンでもできる」と促され、代打飯田雅司内野手に後を託して、球団職員の運転する車で幕張を目指した。
 もともと2軍にいては困る選手。4番候補として、山本功児新監督が期待していたスイッチヒッターだった。しかし、日本のストライクゾーンに戸惑ったことで不振に陥り、オープン戦で結果が出ずファームで調整していた。
 ロッテはこの4月14日現在、小坂誠遊撃手が打率4割4分4厘でリーディングヒッターだったが、そのあとは打撃成績24位に新外国のブレント・フレイディー外野手と福浦和也内野手の2割6分9厘と、打線のテコ入れが急務だった。そこで呼ばれたのが、ファームで徐々に本領を発揮しつつあったボーリックだった。
 華々しい“デビュー”を果たした助っ人は以後、本塁打にまつわる数々の逸話を残した。この1号本塁打で勝ったのを皮切りに、以後本塁打を放った13試合は12勝1分け。“不敗神話”が生まれた。マリンの右翼スタンドに掲げられた「神様、仏様、ボーリック様」の横断幕が誇らしげに揺れた。この年26本塁打を打ったボーリックだが、勝敗は22勝2敗1分け。シーズンが変わっても、この神話をファンは信じ、一発を期待した。
 01年4月20日の近鉄戦では、節目となるプロ野球7万5000号のメモリアル弾、同年7月のダイエー戦でもプロ野球初の延長逆転サヨナラ満塁本塁打を放った。
 自宅がある米ペンシルベニア州に千葉マリン約20個分の土地を所有し、オフはシカのハンティングに出かけていた。「投手が何を投げてくるのか分からない。予想できない動きをするシカと一緒。動体視力や独特の勘が生きてくる」という持論で勝負強さはチームでも光った。02年までの4年間に92本塁打をかっ飛ばした、ロッテファンには印象に残る助っ人の一人だった。

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