日めくりプロ野球 4月

【4月12日】1995年(平7) 年齢詐称?ドミニカ出身チェコ 外国人初の初登板初完封

[ 2010年4月1日 06:00 ]

さまざまな物議をかもし出しだチェコ
Photo By スポニチ

 【広島4―0阪神】ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、とにかくテンポが早い。それにもましてコントロールがいい。最後の打者、年俸1億5000万円の阪神グレン一塁手を三振に仕留めた、年俸480万円の右腕、ドミニカ共和国出身のロビンソン・チェコ投手が公式戦初登板初完封を果たした。

 気温10度。底冷えのする甲子園でのナイター。熱帯気候育ちのチェコにとってはこたえる条件で、投球数106球、4安打9三振で三塁を踏ませず、しかも無四球。3ボールになったのはわずか3回だけという完璧な投球だった。
 「とにかく向かっていくことだけを考えて投げた。寒さ?気にならなかったね」。プロ初登板初完封の投手は24人を数えたが、外国人投手が達成したのは初めてだった。
 チェコが興奮しながら勝利の弁を述べるのも無理はなかった。安い年俸の他に契約には出来高が組み込まれており、1勝するごとにボーナスが支給されることになっていた。2ケタ勝利を挙げれば、2000万円超に。「兄弟8人が住める家を建てることが目標」というチェコは、500万円で豪邸が建つといわれていたドミニカで豪邸を建てるべくせっせと投げた。
 自己申告では1971年生まれの24歳も、実際は「27か28じゃないか。ドミニカは戸籍がいい加減でアテにならない」と球団関係者。“年俸詐称”右腕は、この年15勝。翌年の年俸は3000万円になった。
 ここまでの投手になるとは5年前、誰も想像できなかった。大リーグ、エンゼルスの選手育成アカデミーを素行不良で1カ月でクビになったチェコは、故郷で広島が野球アカデミーを開校するという話を聞いて入校した。
 子供のころからセンターを守っていたが、地肩の強さに目をつけたアカデミーの講師が投手をやらせてみると、140キロ台の速球をビュンビュン投げた。ほどなく広島のキャンプに呼ばれて、紅白戦で投げ好投。93年、実力が認められてドミニカ野球アカデミー初の契約選手となったが、扱いは練習生だった。
 しかし、急激に投げ込んだことで肘を痛めた。自由契約になったチェコは台湾へ。肘の療養がてらスローペースで調整し、時報イーグルスで7勝を挙げた。その間にチェンジアップ、スライダーをマスター。ストレートは145キロを常時マークするほどになっていた。
 95年、今度は広島が正式に選手として契約。練習生の時、支度金50万円、ドミニカの公務員とほぼ同額の月給4万円で来日した選手は、遠回りをしながらプロ野球選手として認められた。
 15勝をマークした95年オフ、メジャーへの移籍か年俸1億円かで球団ともめて訴訟沙汰になったのは残念だったが、ドミニカ出身の日本球界最初の成功者として歴史に名を残したことは間違いない。

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