日めくりプロ野球 4月

【4月3日】1996年(平8) イチローと同期 上田佳範、本拠地初アーチはグランドスラム

[ 2010年4月1日 06:00 ]

東京ドームで快打を飛ばす上田。通算1027試合出場、486安打、37本塁打だった
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 【日本ハム12―8ダイエー】9番打者。まさか初回に打順が回ってくるとは思わなかった。しかも2死満塁。「同点だったし、積極的にフルスイングすることだけを考えた」という日本ハムの上田佳範右翼手は左打席に入った。
 ダイエーの新外国人、この日が初登板のロドニー・ボルトン投手の2球目はスライダーが真ん中にきた。バットを振りぬくと、打球は右中間へ。「入ってくれと祈っていた」という上田だが、祈る以前に打った瞬間それと分かる弾道は東京ドームの外野席中段に着弾した。

 初回に3点を先取され、追いついただけでもOKだったのに、満塁本塁で一挙7点のビッグイニング。表情がゆるみっ放しの背番号44が生還すると、一塁側ベンチは大はしゃぎ。上田利春監督が「よぉーしっ!」と背中を叩いて迎えると、後はナインの手荒い祝福が待っていた。
 プロ5本目の本塁打は初のグランドスラムにして、本拠地東京ドームでの初の一発。さらに右前打、右中間二塁打とこの日上田は3安打猛打賞。提供される商品を両手に担いで球場を後にする上田はしみじみ言った。「打者に転向して良かった」。
 長野・松商学園高で甲子園を沸かせた右腕。91年3月29日第63回選抜高校野球の1回戦で愛工大名電(愛知)と対戦し、3番の鈴木一朗投手、後のオリックス・イチロー外野手を1三振を含む5打数無安打と完璧に抑えた。
 松商学園は上田の3安打2打点の活躍もあり、3―2で勝利。そのまま決勝まで進出し、惜しくも広陵(広島)に敗れ準優勝に終わったが、甘いマスクと35イニング無失点の記録を打ち立てたその投球がスカウトの目に留まり、ドラフトの目玉候補になった。
 夏の甲子園では後の大リーガー、松井秀喜内野手が4番を打つ石川・星稜高に敗れたが、その後の高校選抜チームでは松井を抑えて4番に座った。ピッチングもさることながら、その打撃センスを評価するプロの各球団はあいさつに来た11球団中7球団が「打者としてやってもらいたい」というのが誘い文句だった。
 ドラフト1位で日本ハムに投手として入団。イースタンリーグで1勝したが、2年目のひじ痛に襲われると、シーズン中に打者転向。「投手でどこまで通用するか試したかった。本心は打者としてやった方がいいと思っていた」と上田。94年、ファームで練習に明け暮れている頃、高校時代に負かしドラフトでも4位、契約金も4000万円の差があったイチローの方が先に大ブレーク。プロの世界での実績は逆転された。
 イチローに遅れること1年、95年1軍で106試合に出場。準レギュラーになり、プロ初の満塁弾を放った96年は7本塁打と16年のプロ生活最多のアーチをかけ、97年は打率3割をマーク。もはや同期のイチローも1歳下の松井も球界を代表する選手となったが、上田は上田なりの歩みでプロの世界を生きた。08年に中日で引退。その後ドラゴンズの2軍外野守備走塁コーチとして球界に籍を置いている。

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