日めくりプロ野球 4月

【4月2日】1999年(平11) 巨人軍史上初!因縁のガルベス 開幕戦で快投!

[ 2010年4月1日 06:00 ]

因縁の阪神戦で開幕完投勝利を収めたガルベス
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 【巨人8―1阪神】手玉に取るとはまさにこういうことだ。3年ぶりのV奪回を目指す巨人は開幕戦での阪神1回戦(東京ドーム)にバルビーノ・ガルベス投手が先発。3安打6三振1四球、今岡誠遊撃手の本塁打による1失点のみで116球完投勝利を収めた。
 「オレは長嶋監督を男にするためにここにいる。開幕戦はいちばんいいボールを全力で投げた」と満足そうな背番号59。ストレートは最速149キロ、これにチェンジアップで緩急をつけて阪神打線を寄せ付けなかった。

 マスクをかぶった村田真一捕手は言った。「飛ばしすぎ。最後までもつか心配やったが、かなり気合い入っていたね」。外野への飛球もわずか2本。強気に内角を突くストレートの威力は全く落ちず、長嶋監督も「真っ直ぐは満点」と絶賛した。
 戦前のビクトル・スタルヒン投手の例はあったが、戦後の球団史上初の外国人投手の開幕先発。それ以上にガルベスが因縁の阪神戦で245日ぶりの復活登板を果たしたこと自体驚きだった。
 98年7月31日、甲子園での阪神戦でガルベスは判定を不服とし、審判団にボールを投げつけ退場。シーズン中の出場停止処分を受けたばかりでなく、球団からは「無期限出場停止と罰金4000万円」の事実上の解雇通告的な扱いを言い渡された。
 しかし、2年続けて優勝できなかった長嶋巨人にとって3年間で37勝をマークした右腕は、槙原寛巳、斎藤雅樹、桑田真澄の3本柱の力にかげりが見え始めただけに、覇権を奪い返すには欠かせない存在になっていた。
 ガルベス残留は決まったものの、当初開幕の阪神3連戦には投げず、次のヤクルト戦からというのが首脳陣の構想だった。開幕戦は桑田、というのが長嶋監督の中で決まっていたという。その桑田がオープン戦中に風邪で体調を崩し調整が遅れた。かつて“ミスター開幕”といわれた斎藤という選択肢もあったが、長嶋監督はあえてガルベスを指名した。「開幕戦は135(試合)分の1ではない」という強い思いが、過去のことがあったとしても、オープン戦で11イニングを投げ被安打7失点2というずば抜けた安定感を誇る右腕に託す気持ちへと傾いた。
 ガルベス自身も再契約を結んでくれたボスに感謝していた。日本流に言えば“一球入魂”の投球もさることながら、攻撃でもチームの勝利に徹した。巨人1点リードの8回、1死一塁でガルベスが一塁線に送りバントを決めた。見送ればファウルになりそうな感じだったが、ガルベスが全力疾走で一塁まで走ったために、万が一ファウルにならなかったらというプレッシャーがかかり、阪神側が打球を処理。このバントの成功が、1番仁志敏久二塁手以下の3連打と5番高橋由伸右翼手の満塁弾を生み、緊迫した1点をめぐる攻防の試合が一転して巨人の大勝ゲームへと変わった。
 この試合、阪神は前年までヤクルトの指揮を執っていた野村克也監督のタイガースでの公式戦第1戦だった。「とにかく塁に出て揺さぶらないとガルベスは攻略できない。それがアイツのペースで最後までいかれた。ミーティング通りにならないのが野球や」とぼやくばかり。一番ライバル心を燃やしていた長嶋監督との開幕直接対決に敗れたのが相当ショックのようだった。

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