日めくりプロ野球 4月

【4月30日】2001年(平13) 危なかったけど…史上初!岡島秀樹のセーブ記録

[ 2009年4月1日 06:00 ]

左腕投手として初めて4月10セーブをマークした岡島。メージャーでも07、08年で計6セーブをマークした
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 【巨人8-7広島】2点あったリードが1点に変わった。なおも2死満塁。巨人の抑えを任された岡島秀樹投手はそれでも冷静だった。広島・兵藤秀治三塁手を渾身のストレートで追い込むと、決め球はやはり得意のカーブ。縦に大きく割れる独特の軌道に兵藤のバットは空を切った。
 からくも1点差で逃げ切った巨人。8回に右太もも痛をおして代打で登場した清原和博一塁手の右翼フェンス直撃の二塁打、江藤智三塁手の決勝適時打と何度もリードされた試合を追いついての逆転劇で迎えた最終回だけに、岡島はチームの最高の雰囲気を壊さないために何が何でも抑えなければならなかった。

 「こんな投球をしてチームのみんなに申し訳ないと思っている。でも悪いなりに結果を残せたので今日のところは反省しつつも良しとします」と岡島。ハラハラドキドキさせながらも、逆転勝ちの巨人・長嶋茂雄監督は上機嫌。「ナイスゲームだね。ゴールデンウイークにふさわしいゲームだった。岡島もスッキリとはいかなかったが、逆転されなかった。クローザーらしくなってきたな」と背番号28のサウスポーを評価した。
 岡島は4月10セーブ目。実はこれがちょっとした記録だった。過去月間10セーブ以上を記録したのは、94年7月の近鉄・赤堀元之投手(10セーブ)、97年8月(14セーブ)と98年6月(10セーブ)の横浜・佐々木主浩投手以来、史上4度目。開幕直後の4月ではプロ野球史上初めてだった。巨人では前年2000年の槙原寛己投手が月間9セーブを記録したが、1年で球団の記録も塗り替えてしまった。
 「守護神?抑えの切り札?そんなこと思っていない。リリーフ投手の1人だと思っている」と岡島。クローザーならまだベンチでゆっくり“野球観戦”している早い回からブルペンに入り肩をつくる毎日。「いつでもいけるようにしておくのがリリーフ投手」との自覚からだ。
 「空振りを取れる投手」ということで長嶋監督は岡島を抑えに指名したのは、前年99年の後半戦から。制球が決して良いとはいえないのがひっかかったが、長嶋監督は思い込んだら一直線。制球難克服は鹿取義隆投手コーチに一任された。
 岡島といえば、投げる瞬間に顔が下を向く独特の投法が特徴。少年野球なら一発で「キャッチャーミットを見て投げろ」と基本中の基本の指導を受けるところ。岡島もご多聞に漏れず、投球フォームを修正するようにあらゆる指導者から数え切れないほど言われてきたが、子供の頃に読んだ野球漫画の影響で、この投げ方を通し続けた。「今さら修正するのは無理でしょう」と鹿取コーチも強いて投球フォームを直そうとはしなかった。
 岡島の投げ方を認めて上でコントロールの制度を上げるにはどうしたらいいか。それを岡島とともにあみ出したのが、鹿取コーチだった。左腕を高く垂直に上げ、そのままリリースすることを心がけると、球筋が安定。突如四球で乱れることが少なくなった。01年、岡島は2勝25セーブをマーク。10試合以上登板するようになった97年からの成績の中では最高の防御率2・76を残した。06年には日本ハムへ移籍。才能がさらに開花し、四死球が激減。防御率も2・14となり、チームの44年ぶり日本一に貢献した。
 09年はメジャー3年目。ここ2年安定した成績を残し、レッドソックスの貴重なセットアッパーとして60試合以上登板の実績を残した。日米通算600試合登板まで、4月末現在あと20試合。1つの節目を迎える年でもある。

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