日めくりプロ野球 4月

【4月16日】1983年(昭58) 巨人軍史上初!槙原寛己、初陣で145球猛虎完封!

[ 2009年4月1日 06:00 ]

初登板初勝利を完封で飾った槙原。真っ向勝負で掛布を三振に仕留めた
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 【巨人1-0阪神】4回途中から降り出した春雨は、本降りになっていた。延長10回裏、2死一塁。1発食らえば逆転サヨナラの場面で、阪神の4番掛布雅之三塁手を迎えても、マウンド上の19歳右腕はストレートで押した。
 快音とともにセンターに舞い上がった打球を巨人・中井康之中堅手が背走。足が止まって振り向くと、ガッチリと捕球した。投球数145球、5安打9奪三振で阪神打線を無得点に抑えた槙原寛己投手がプロ初登板を完封勝利を収めた。

 「体が震えて信じられないんです。勝ったんですね、本当に…」。取り囲んだ報道陣に聞きなおした槙原。高校を卒業して2年目の初々しさが出ていたが、マウントでは別人だった。「みんなオープン戦と違って迫力が違って怖かった。でもビビッてたら話にならないので、向かっていきました」。
 初登板初完封は81年の西武・杉本正投手以来21人目だが、巨人では17年ぶり3度目。伝統の一戦で快挙を成し遂げたのは阪神にも見当たらず、槙原が半世紀近い両チームの激闘で初めて。この日は巨人投手陣のローテーションの谷間。開幕から5勝1敗と好調だったことも手伝って、藤田元司監督が思い切って起用したのが、最高の結果となり、槙原は開幕2戦目で初打席満塁本塁打を放った駒田徳広内野手に続いての監督賞10万円を手にした。
 最速は148キロ。3回2死一、二塁のピンチに掛布を空振り三振に仕留めた内角直球だった。「カーブが曲がらないから、真っ直ぐを投げ続けた」という槙原。掛布の目つきが変わった。6回の第3打席。三塁強襲安打を放った。が、20歳にも満たない坊やに一撃ガツンという気持ちはそこにはなく、ミートに徹して放った苦肉の1本だった。「真っ直ぐで最後まで押してきた。速いかった。ほめてあげたい」。リップサービスではなく、タイガースの主砲の偽らざる感想だった。
 実は槙原、バットでもチーム初を記録した。阪神の先発は大洋から移籍したセ最年長投手、36歳の野村収投手だった。槙原の剛速球とは対照的にストレートを見せ球に変化球を駆使して丁寧に投げ、6回2死までパーフェクト投球。大記録を阻止したのは、槙原の中前打だった。
 この年12勝9敗で満票の新人王に輝いた背番号54の槙原をはじめ、50番の駒田、55番の吉村禎章外野手を加えた「50番トリオ」が大活躍。前年、1勝足りずに中日に覇権を奪われた、巨人はVを奪回した。
 愛知・大府高では81年の春のセンバツに出場。同年夏、甲子園で優勝した報徳学園の金村義明投手(後に近鉄)に投げ勝った槙原は、駒大進学かプロなら地元中日入りを考えていた。しかし、ドラゴンズは早くから中大の即戦力内野手、尾上旭をドラフト1位にリストアップ。巨人は早くから獲得を熱望していたが、槙原ともう1人の右腕の間で最後まで揺れていた。
 槙原と天秤にかけられていたのは、社会人・協和発酵の津田恒美投手。後に広島の守護神となった“炎のストッパー”に巨人スカウトは密着。広島との競合は必至とみられていた。それが一転して槙原1位となったのは、藤田監督の決断だった。
 スカウトに「ストレートはどっちが速い?」と尋ねた藤田監督。「速さだけだったら槙原」とスカウト。本格派こそ投手の王道と考えていた藤田監督は、槙原獲得を強く推した。
 津田も球史に名を残した名投手となったが、槙原も159勝128敗56セーブの成績を残し、完全試合も達成した。巨人にとって正解の選択だったと言える。

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