日めくりプロ野球 4月

【4月10日】2002年(平14) 引退危機の池山隆寛 年俸半減も「だから野球はやめられない」

[ 2009年4月1日 06:00 ]

9回、勝ち越しの代打3点本塁打を放った池山(右)は生還後、古田(背番号27)とガッチリ握手。巨人戦の連敗を止めた
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 【ヤクルト5-2巨人】9回表、2-2の同点で1死一、三塁。打席に入ったヤクルト・池山隆寛内野手は、外野フライでもいい、とは考えていなかった。「走者が三塁にいるのは分かっていたが…。いい歳して恥ずかしいけど、冷静に状況を判断してなかったね。来た球を思い切り打つことしか考えてなかった」。
 逆にそれが幸いした。カウント0-1から巨人・條辺剛投手のフォークボールは真ん中に甘く入ると、ストレートのタイミングで迷わずフルスイング。東京ドーム全体からすればわずかという表現がピタリのスワローズファンが待つ左翼席へ打球は吸い込まれていった。

 「ウソ、ウソやろっ!」。完璧にとらえて打ったというよりは、無心でフルスイングしたから飛んで行ったという3点本塁打に打った池山自身がビックリ。01年から02年にかけ対巨人戦7連敗のヤクルト。それにピリオドを打った値千金の一撃だった。
 「これが野球の面白さやね。辞められない理由が分かったでしょ。引退?考えてないよ。来年も再来年もやるよ。あきらめるわけにはいかない。ファンが応援してくれる限り、バットかついで出るよ」。
 池山の舌は滑らかだった。01年、腰痛、アキレス腱痛があったとはいえ、1割9分2厘、4本塁打に終わり、周囲からは限界がささやかれた。契約更改では年俸が9100万円から5000万円へダウン(いずれも推定)。ほぼ半減したにもかかわらず、池山はわずか10分で判を押した。「代打一本でやらせてください」と直訴しての現役続行。かつて“ブンブン丸”と呼ばれ、5年連続30本塁打以上のチームの顔もここ数年代打稼業に転じていたが、さらに1打席に選手生命をかけると宣言したことで自分を追い込み、19年目のシーズンに臨んだ。
 02年の初仕事は4月2日の広島1回戦。代打で右前2点適時打を放ち、勝利に貢献した。幸先のいいスタートを切っての巨人戦での一発。「オールスターのファン投票に代打部門ができんかなぁ。高校野球に21世紀枠があるように、なんとかならんかなぁ」といつまでも上機嫌な背番号36だった。
 久々の球宴出場への夢を語った池山だったが、まさかこれが現役最後の本塁打、通算304号になるとは思わなかった。会心の一撃から半年後の10月17日、神宮での広島28回戦(最終戦)で池山はユニホームを脱いだ。古傷の右ひざはグラウンドに立っていられないくらい痛み、アキレス腱は悲鳴を上げていた。
 それでも「3番・遊撃」の“定位置”で延長10回までフル出場した。優勝は巨人に決まっていたにもかかわらず、4万5000人が自分の最後のユニホーム姿を見に来ていると思うと、1打席だけ顔を見せておしまい、という気分にはなれなかった。
 8回の4打席目に左中間二塁打を放ち、全力疾走。「最後でボロボロになったよ」と苦笑した。延長10回、2死一塁。飯田哲也中堅手がヘッドスライディングしてまで奪い取った内野安打で、最後の打席が回ってきた。広島・長谷川昌幸投手も全部直球勝負した。3球すべてをフルスイングして空振り三振。最後の最後までフルスイングに徹した男は「これから第2の人生のバッターボックスに入ります」と言ってバットを置いた。

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