日めくりプロ野球 4月

【4月9日】1994年(平6) 屈辱の大記録が一転!史上初、歓喜の開幕逆転サヨナラ満塁弾!

[ 2009年4月1日 06:00 ]

史上初の開幕戦での逆転満塁サヨナラ本塁打を放ち、歓喜のガッツポーズをする西武・伊東
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 【西武4-3近鉄】手応えも飛距離も十分だったが、入るか切れるか際どかった。「入ってくれ…頼む」。15年目のベテラン西武・伊東勤捕手は、祈るような思いで一塁ベース手前で立ち止まり、左翼スタンドを凝視した。
 一瞬の静寂の後、近鉄応援団が集まった左翼席から「エーッ!」という悲鳴が上がり、立ち上がっていた女性ファンはその場にしゃがみこんでしまった。間髪入れず、伊東の目に左翼線審の右腕がグルグル回るのが見えた。

 9回裏、1死満塁。3点を追う西武は、伊東の通算1000本安打になる“つり銭なし”の逆転サヨナラ満塁本塁打が飛び出し、近鉄との開幕戦を劇的な幕切れで制した。
 開幕戦での逆転サヨナラグランドスラムはプロ野球史上初。満開の桜の花びらが風の中に舞う中で、ホームベースで待ち構えた西武ナインの手荒い祝福はいつものサヨナラ勝ちの比ではなかった。あっちこっちたたかれまくった選手会長の“キンさん”のヒーローインタビューは声も足も震えていた。「必死だったよ。初めて(バットの)シンでとらえた打球だった。逆転満塁サヨナラなんて、野球選手の夢だよ。自分で言うのも変だけど劇的だよね」。
 伊東だけでなく、西武ベンチ全員が必死だった。近鉄の開幕投手、野茂英雄に8回まで12三振の無安打。開幕戦史上初のノーヒットノーランの屈辱を味わう寸前のところまできていた。「開幕戦で負けた上に、野茂に“手土産”を持たせるわけにはいかん」。森祇晶監督の執念がまず、主砲のバットに乗り移った。
 9回、先頭の清原和博一塁手が野茂のストレートを弾き返し、右越えの二塁打。「野茂は完ぺきやったけど、最初から恥ずかしい思いをするのはいかん。必死やった」。指名打者の鈴木健が四球、6番石毛宏典三塁手は左飛、代打のブリューワの当たりは二ゴロ。併殺で万事休すかと、一塁側ベンチが凍りつきそうになった時、名手大石大二郎がこれをファンブル。試合終了のはずが、1死満塁となった。
 近鉄ベンチは動いた。野茂に代わって、ストッパーの赤堀元之を投入。前年93年の伊東は対赤堀は7打数0安打。西武・広野功打撃コーチは言った。「監督、誰が行かせますか?」。左の代打を進言した広野コーチに森監督は首を振った。「風が右から左に吹いている。右打者の方がいい」との読みが指揮官にはあった。
 「開幕戦は野茂と心中や」と言っていた鈴木啓示監督だが、満塁となって腰を上げた。「球数が多かったし、野茂、赤堀と伊東の相性を考えた」。伊東は赤堀を苦手にしていたが、野茂には前年3割8分9厘の数字を残していた。この日も3四球。スタメンでただ1人三振を奪えなかった。
 しかし、野茂は近鉄のエース。しかも開幕戦。ピンチを迎えたとはいえ、まだ1点も取られていない。歴代4位の317勝、開幕投手も史上最多の14回務めた鈴木監督が野茂の気持ちを分からないはずがない。心中するというのは言葉だけだったのか…。気持ちの準備ができていない赤堀、不安になった近鉄ナイン…。相性とかは関係なく、流れは西武に傾いた。
 「仕方ないです…」。大記録、完封どころか、勝ち投手にもなり損ねた野茂は、何を聞かれてもそれしか答えなかった。翌95年、野茂は活躍の場を大リーグに求め旅立った。日本人メジャーリーガーのパイオニアにとって“最後の開幕戦”が、米国行きの決断に影響した可能性は否定できない。

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