日めくりプロ野球 4月

【4月2日】1977年(昭52) 開幕戦史上初!わずか約5キロの間で2本のグランドスラム

[ 2009年4月1日 06:00 ]

阪神の主砲として70年代後半から4番に座った掛布。85年の優勝時にはバース(左、背番号44)とともに打ちまくった
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 直線距離にして、わずか約4キロの間でプロ野球開幕戦史上初の快挙が起きた。
 最初の舞台は神宮球場。ヤクルト-阪神戦の1回表、2死満塁で阪神の6番掛布雅之三塁手は、カウント2-2からヤクルトのエース・松岡弘投手の外角低め直球をジャストミート。“ギューン”とうなりを上げて飛んだ白球は右中間芝生席にライナーで突き刺さった。掛布が放った現役通算349本塁打のうち6本がグランドスラムだが、その記念すべき1号はプロ野球史上700本目の満塁本塁打でもあった。

 前年の76年、3割2分5厘、27本塁打でブレークした21歳の若虎は、この第1打席にかけていた。「周りが騒ぐんで怖いんです。でも1打席目に結果が出れば、その緊張感から解き放たれると思う」。
 対松岡は前年11打数2安打とに抑え込まれていたが、「あれを持っていかれたら投げる球がない」とスワローズのエースをがく然とさせるほど完ぺきな一撃だった。
 1つのベースを回るたびに、ガッツポーズを繰り返した背番号31は、ベンチに戻っても興奮。「こんなに緊張したのは初めて。打った球?緊張していて覚えてません。フォークだったかな?いや真っ直ぐ…。覚えてないです」と顔を上気させて一気にまくし立てた。
 その1時間21分後。神宮球場のある国鉄(現JR)総武線信濃町駅から4つ目の水道橋駅が最寄り駅の後楽園球場。巨人・王貞治一塁手が中日の左腕・松本幸行投手から3回に右翼へ自己の日本記録を更新する14本目の満塁アーチを放った。
 カウント1-0からのスライダーを弾き返し、王独特の45度の角度で超満員のスタンドに放り込んだ。「当たりはあまりよくなかったけどね。うまくバットに乗った。いきなり開幕で打てたのはうれしいが、(いつでも本塁打が打てると)その気になるのが怖い」。掛布とは対照的に落ち着いて自己分析した。シーズン1号は通算717号となり、ハンク・アーロンの持つ世界記録更新まであと39本に迫った。
 開幕戦で2本の満塁弾が飛び出したのは史上初(当時)。巨人は中日に5-3、阪神はヤクルトに6-3で快勝すると、試合後両者は気持ち良く電話対談をした(4月3日付スポニチ掲載)。
 「最高ですね。オープン戦もずっと調子が良かったから、打てそうな気がしていたんですよ」と声が弾んだ掛布。「(満塁本塁打は)君に刺激されたんだよ。実を言うと開幕1号を目指していたんだが、君に先を越されてカッカしたよ」と、言葉とは裏腹に余裕の王。2人の活躍を予感させる最高のスタートだった。
 田淵幸一捕手の欠場で、掛布が4番に初めて名を連ねたのがこの年7月18日のヤクルト19回戦(神宮)。新時代の到来を告げるように、5回に左腕・梶間健一投手のカーブを体を開かず、右中間へ運び勝ち越しの10号ソロを放った。3割3分1厘、23本塁打の成績を残した掛布が78年オフに西武へトレードされた田淵に代わり、タイガースの主砲へ駆け上る途上での象徴的なゲームだった。
 王もこの年、756号を打って大きな目標を達成。73年の51本塁打以来4年ぶりに50本塁打を記録し、本塁打王となった。しかし、王のホームランキングはこれが最後。広島・山本浩二外野手を経て、2年後の79年には掛布が48本塁打でタイトルホルダーとなった。
 77年は新旧スター交代の端境期(はざかいき)となった年だった。

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