日めくりプロ野球 3月

【3月12日】1980年(昭55) 甲子園黄金バッテリー対決実現 球場駐車場は“初”の満車

[ 2011年3月12日 06:00 ]

 春が近づいたとはいえ、まだ北風が冷たい火曜日の昼下がり。ナゴヤ球場での中日-南海のオープン戦に集まった観衆1万3000人。「入りすぎて怖い」と球場関係者は顔を見合わせた。230台収容の球場駐車場はすぐに満車、近隣の有料駐車場も埋まり、球場周辺は渋滞となった。

 これだけ野球ファンが集まったのは、2人の高卒ルーキーの対決を見たいがためであった。79年中日のドラフト1位牛島和彦投手と南海の同2位の“ドカベン”香川伸行捕手。大阪・浪商高のバッテリーとして甲子園に春夏3回出場、79年春準優勝、同夏4強で計8勝を挙げた2人が対戦するシーンが見られるのではないか。その期待がオープン戦では考えられない人出につながった。

 試合前、両チームを代表して花束を受け取った牛島と香川。軽く視線を合わせて笑顔で握手すると、先に出番が回ってきたのは牛島の方だった。

 中日先発の藤沢公也投手の後を受け6回から登板。オープン戦初登板は四球の走者を出しながらも無得点に抑えた。

 ベンチに戻った中利夫監督はルーキーに声を掛けた。「もう1回、行くぞ」。その気だった牛島はすぐにピンときた。「次はアイツが必ず出てくる」。

 そして7回、南海は9番・黒田正宏捕手の打順だったが、広瀬叔功監督は大里晴信球審に代打を告げた。「ピンチヒッター、香川」。“公称”1メートル72、92キロの背番号2がバットを3度振って小走りで打席に急ぐ。マウンドの背番号17は敢えてその姿を見ないようにしていた。

 注目の初球。観衆はこの勝負を堪能しようと静まり返った。「香川には真っ直ぐでしか勝負しない」の言葉どおり、牛島の1球目は外角低めの直球。香川も強振した。打球は一塁側スタンドに飛び込むファウル。やや振り遅れ気味だった。

 2球目。今度は外角高めだった。ややボール球に見えたが、香川は手を出した。打球は力なく高く上がり、ライトへ。藤波行雄右翼手が軽くキャッチ。時間にしてわずか1分足らずの勝負は牛島に軍配が上がった。

 「ボール球に手を出してしまった。芯には当たったんやけど、風で押し戻された。負けたとは思っていない」と香川は口惜しそう。一方の牛島は香川との対戦よりも、打ち取った直後に12年目のベテラン藤原満三塁手にストレートを軽々と左翼席へ運ばれ、プロの洗礼を受けたことで頭がいっぱい。「香川?別に意識はしなかった。それより高校野球ならゴロで打ち取っていたボールがプロではホームランになっちゃうことの方がショック」と元気がなかった。

 この2人の対決が次にスポットライトを浴びたのが、83年7月24日の第33回オールスターゲーム第2戦(西宮)。今度はオープン戦の倍以上となる2万8540人の有料入場者数がいる中での対戦となった。

 ファン投票選出で初の球宴出場となった香川は「7番・捕手」でスタメンに名を連ねた。6回、セ・リーグ3番手の牛島は1点を失った後一死二、三塁のピンチで香川を迎えた。

 「場面も場面やったし、打たれたら後で何を言われるかわからんから、真剣勝負した」という牛島。カウント2-1から阪神・笠間雄一捕手が要求した真っ直ぐに首を振り、ウイニングショットのフォークボールで勝負。香川のバットは空を切り三振に倒れた。「三振かホームランかと思ってましたから。変に当てにいって凡打より気持ちの上ではすっきりしてます。でもウシはいつから変化球投手になったんや。ストレート勝負してこいや」と敗れたドカベンは大声で笑った。

 ちなみにこの2人ルーキーイヤーの80年のジュニアオールスターではオールウエスタンのバッテリーで登場。黄金バッテリー復活にスタンドは沸いた。(08年3月12日掲載分再録)

続きを表示

バックナンバー

もっと見る