日めくりプロ野球 3月

【3月10日】2002年(平14) 難病乗り越えた変則サウスポー、復活の4球

[ 2011年3月10日 06:00 ]

 その時、体がジワッと熱くなった。観客はわずか300人。それでも一人々々の血の通った大きな拍手は、何万人もの大観衆の声援以上に心にしみた。

 藤井寺球場のウエスタン教育リーグ、近鉄-神戸(オリックスファームチーム)。神戸先発の戸叶尚投手の後を受けて、6回からマウンドに上がった左腕岩下修一投手は、打者2人に対し4球を投げ、ともに内野へのゴロに打ち取り役割を果たした。

 ベンチに戻る背番号26に今度は盛大な“岩下コール”。出迎える神戸ナインの誰もが握手を求め、三塁側の近鉄ベンチからも惜しみない拍手がおくられた。神戸の中尾孝義監督も目頭を熱くした。「あれだけの病気を克服したんだから、投げている姿を見てこっちも感動したし嬉しかった。球にもキレがあった。上(1軍)にも報告したい」。

 2軍のしかもオープン戦でなぜこんな“騒ぎ”になったのか。岩下の登板は、01年6月29日の北神戸でのウエスタンリーグ中日戦以来254日ぶり。それは急性骨髄性白血病、つまり血液のガンといわれる難病からの生還だったからにほかならない。

 99年、三菱自動車岡崎からドラフト4位でオリックスに入団。左サイドからのくせ球を武器に主にワンポイントリリーフで活躍し、プロ1年目の00年に44試合に登板し1勝を挙げた。2年目も当然のように1軍にいた。しかし、調子がなかなか上がらないだけでなく、体の疲労感が抜けず連日微熱が続いた。

 01年4月25日、グリーンスタジアム神戸でのロッテ4回戦で登板した後、岩下の姿は1軍ベンチから消えた。ファームでの調整も体がいうことを聞かず、微熱も一向に下がらない。気になって医者に診てもらった結果は予想だにしなかった「急性骨髄性白血病」だった。

 抗がん剤の投与で髪の毛が抜け落ち、隣室では同じ病気の患者が息を引き取った。「オレも死ぬのか…」。恐怖との葛藤の毎日が続いた。家族とファンからの「必ずマウンドに戻ってきて」の励ましの手紙を支えに治療に専念し、この02年のキャンプに野球ができる体になって帰ってきた。

 「とにかく投げること。マウンドで投げている姿を見せることがみなさんへの恩返しになる」と岩下。140キロ近くあった真っ直ぐは、120キロ台にまで落ち込んだが、そんなことは気にならなかった。投げられる喜びは何にも替えられない格別のものだった。 そして開幕。3月31日、大阪ドームでの近鉄戦で岩下は1軍ブルペンにいた。ストレートが走らない分、変化球の制球力を磨いてのベンチ入りだった。出番はすぐに訪れた。先発のエド・ヤーナル投手が5回途中でKOされると、牧野塁投手に続いて3番手で救援。6回、日本ハムから移籍したナイジェル・ウイルソン外野手にセンターバックスクリーンに特大の125メートル弾を浴びたものの、打者6人に24球を投げ、2三振を奪った。「打たれちゃいましたね。甘い球だった。満足はしていないけど、また始まったなって思います」。再び夢と感動を与える場に帰ってこられたことを誇らしげに語っていた。

 岩下が再度野球を続けられなくなる危機に直面したのは05年。今度は戦力外通告という非情なものだった。

 それでもユニホームを脱ぐ気にはなれなかった。病気のときも2軍生活が続いた時も励ましてくれた人のために不完全燃焼では終わることはできなかった。同じ白血病に侵された小学生にもまだまうんどで投げているところを見せるという約束も果たしていない…。年末、オリックス時代の先輩である佐藤義則が投手コーチを務める日本ハムのテストを受けたいと頼み込み、名護キャンプにテスト生として参加。第3クール初日の06年2月11日、紅白戦で岩下はファイターズの主砲・小笠原道大三塁手と対戦した。

 左の中継ぎ。32歳のテスト生に求められている働き場所を考えていると、左打者の小笠原を抑えなければ活路は見出せなかった。カウント2-2。勝負球はインコースのシュート。ひとつ間違えば死球。覚悟のいるボールだ。左横からのそのボールは小笠原の懐をえぐった。“ガッツ”もそれに応えてフルスイング。ボールはバットにかすりもしなかった。

 「勇気のいる球だ。強い気持ちがないと投げられないね」と佐藤コーチ。トレイ・ヒルマン監督はこのテスト生に背番号69番を与え、ファイターズの一員に迎えた。

 日本ハムはこの年44年ぶりに日本一となった。岩下の1軍での登板はわずか1試合に終わったが、2度もどん底から這い上がったその生きざまにファイターズナインが何かを感じながら戦ったことは確かだった。

 通算98試合登板で3勝0敗。現在も打撃投手として日本ハムに恩返しをしている。(08年3月10日掲載分再録 一部改変)

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