日めくりプロ野球 3月

【3月8日】1992年(平4) 石井一久、プロの洗礼にも「誰に打たれたっけ?」

[ 2011年3月8日 06:00 ]

 1イニング33球を投げ、本塁打も浴びて2失点。それでも18歳のルーキー左腕は涼しい顔だった。

 千葉マリンスタジアムでのオープン戦、この年川崎から本拠地を移したロッテに、千葉出身のヤクルト・石井一久投手がプロ初登板。前日挙式し、新婚旅行をずらして観戦した石井の姉ら家族親戚25人の前で“堂々たる”投球をみせた。

 最速は148キロ。「スピードガンが壊れているんじゃないですか。伸びは全然なかったし…」と、1回2奪三振もそんなに騒ぐほどでもないといった様子。代打で登場した88年のパ・リーグ首位打者、高沢秀昭外野手に左翼席へ運ばれたことにも「ホームラン?誰に打たれたんだっけ?」と、意図的ではないにしろロッテの看板選手でさえ、眼中にないといった感じの受け答えをした。

 この少しトボけたマイペースの新人を評価したのが就任3年目の野村克也監督だった。「18歳やろ?大したもんや、初登板できちんと腕が振れとる。四球2つも、ホームランも別にどうでもいい。オレが受けていれば0点やった」と、古田敦也捕手がファウルフライに追いつけず、その後野選で2点目を奪われたこと、高沢への配球に問題があったことなどを指摘。石井をリードし切れなかった“女房”を暗に責めた。

 「10年に1人、江夏豊に匹敵する左腕」。91年のドラフトを前にした石井の評価は全球団のスカウトの一致していた。3年夏の千葉県大会、石井を擁する東京学館浦安高は5回戦で銚子商高に0-1で敗れ、甲子園出場は果たせなかった。

 それでもこの試合を含め4試合で失点は3だったが、自責点は0。4試合連続2ケタ奪三振。巨人、西武、ロッテは早々1位候補の名乗りを上げたが、石井の心は早々と決まっていった。

 石井の父親はスワローズで通算61勝を挙げたヤクルト・石岡康三投手コーチといとこ同士。子どもの頃からスワローズに親しみを持っていた。それに加えヤクルトは野村監督の下、徐々に力をつけ、優勝が狙える若いチームだったことが魅力的に映った。

 ロッテは移転1年目に千葉出身の逸材を1位指名にと粘ったが「地元といっても来年からでしょ。僕の方が千葉は長いですよ」とつれない反応。ドラフトでは石井指名を断念し、ヤマハの右腕・吉田篤史投手に入札。競合必至とみられていた石井はヤクルトが単独指名に成功。高校生の投手は1軍で使えるようになるまで時間がかかるという判断と、ヤクルトへの“逆指名”が他球団に二の足を踏ませた。

 契約金8000万円は83年入団の荒木大輔投手(早稲田実業)の7500万円を上回り、当時としては球団の高校生最高額。88年、立教大から入った長嶋一茂内野手と同額という「破格の扱い」(片岡宏雄スカウト部長)だった。契約金の一部で「迷惑をかけてばかりだったから」と春に嫁ぐ姉に嫁入り道具をプレゼントするプランを明らかにした。

 野村監督は将来チームを背負って立つ左腕を大切に育てた。オープン戦期間中は1軍帯同も開幕は2軍へ。「急いで投げさせてはもったいない。大きく育てるんや」と、92年は1軍で12試合に登板させ試運転にとどめた。

 その野村監督が石井で勝負に出たのは、なんとヤクルト14年ぶりの出場となった日本シリーズの大舞台。1勝1敗で迎えた第3戦、敵地西武ライオンズ球場で公式戦未勝利の石井が先発のマウンドに立った。高校卒の新人投手が日本シリーズで先発の大役を務めるのは66年(昭41)の巨人・堀内恒夫投手以来26年ぶり4回目。堀内は同年公式戦16勝、その前の56年の西鉄・稲尾和久投手は同21勝、53年の南海・中村大成投手ですらシーズンで4勝はマークしている中で、まだ公式戦で初白星も挙げていない投手の登板は奇策中の奇策だった。

 「思ったよりも緊張しなかった」という言葉通り、初回から百戦錬磨の西武ナインの度肝を抜いた。二死をとった後に迎えた3番・秋山幸二中堅手の初球は最速150キロのストレート。6球真っ直ぐを投げ続け、この速球に滅法強いスラッガーを三振に仕留めた。

 西武の先発、シーズン15勝の沢村賞投手石井丈裕と3回まで堂々渡り合ったが、「あれだけ飛ばせば打たれても仕方がない」と古田捕手があきらめたように、4回裏、指名打者のデストラーデ、石毛宏典三塁手の連続二塁打を含む3安打を浴び2失点でKO。堀内、中村同様敗戦投手(稲尾は勝敗つかず)となり、3戦目を取った西武はシリーズの展開を優位に進め、3年連続日本一を勝ち取った。

 しかし、石井はこの後、日本シリーズに5試合登板しているが敗戦投手には1度もなっていない。97年第1戦(西武)ではライオンズを3安打12奪三振で完封勝利(ヤクルト1-0西武)を挙げ、このシリーズ2勝。野村ヤクルトを3度目の日本一に導いた。

 08年はFAで因縁深い西武へ移籍。かつての剛速球から完全に技巧派へとモデルチェンジした石井は2011年で16年目のシーズンを迎える。(08年3月8日掲載分再録 一部改変)

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