日めくりプロ野球 3月

【3月29日】1964年(昭39) オーナーイチ押しの新人石黒和弘 初本塁打は逆転満塁弾

[ 2010年3月1日 06:00 ]

 【東京5―4東映】大学時代はリーグ戦通算3本塁打。1メートル71、66キロの痩身でどちらかというとスマートな守備の人というイメージだが、中学時代に相撲で鍛えた腰の粘り強さでパンチ力も十分。新人遊撃手の放ったプロ初本塁打は鮮やかな逆転満塁弾だった。開幕から14試合目、日曜日の後楽園、ダブルヘッダーの第1試合は慶大出身のルーキーのまさにワンマンショーとなった。

 2点を追う5回、東京(現ロッテ)は東映(現日本ハム)の先発、土橋正幸投手をようやくとらえ、2死ながら満塁の好機を迎えた。新人ながら1番に座る石黒和弘遊撃手はこのチャンスに落ち着いて初球を読んでいた。
 「スライダーでタイミングと打ち気をそらそうとするはず。ならば…」と石黒。予想通り、スライダーがきた。外角へ逃げていく球道、だが高めに浮き甘く入った。逆らわず右方向へ打った打球は折からの追い風に乗って、右翼スタンドに向かって伸びた。毒島章一右翼手がフェンスに背中をくっつけて上空を見上げたが、打球はその頭上をわずかに越えて外野席の最前列に落ちた。
 逆転満塁本塁打。プロ初本塁打でド派手な一発に、ベンチはお祭り騒ぎ。先輩選手に何度頭を叩かれたか分からないが、こんなに嬉しいホームランは生まれて初めて。「はじめてプロの投手からきちんと打てた気がする」と石黒は満面の笑みを浮べた。
 これだけでは終わらない。東映は7回に失策から3安打を集めて、4―4の同点に追いついた。きっかけのエラーをしたのは、逆転グランドスラムの石黒。ヒーローになり損ねた男は、ミスを帳消しにすべく、8回先頭打者で打席に入った。
 マウンド上は相変わらず土橋がいた。今度はインコースで内野ゴロに仕留めるつもりで、シュートを連投した。「さっきは外を打った。もうこないだろう」と踏んでいた石黒も内角球を狙った。
 カウント0―1からの2球目は狙い通りシュート。「悪い球じゃなかった。新人さん、ヤマはっていたな。それにしてもよく打った。敵ながらあっぱれだよ」と東映・安藤順三捕手を脱帽させた一撃は、今度は左翼中段ではねた。
 プロ2本目は勝ち越しソロ本塁打。1試合2本塁打、しかもチーム全得点の5打点を一人でたたき出した新人の活躍で東京は3年連続負け越しの苦手東映に勝ち、余勢で第2試合も制し、対フライヤーズ通算3連勝となった。
 失策が多く勝てる試合を落としてきたオリオンズの内野強化のため、“ラッパ”こと、東京・永田雅一オーナーが「石黒を絶対獲れ!命令だ!」と辣腕の青木一三スカウトに厳命して、入団にこぎつけた慶大のスター選手だった。
 愛知・中京商高(現、中京大中京)で春の選抜優勝、進学後も1年からベンチ入りし2年からレギュラー。ベストナイン3度獲得の内野手は、当初地元中日が圧倒的に有利な立場にいたが、割り込んだ東京が青木スカウトの関係者への根回しと働きかけで石黒も話を聞くことに。最後は、熱意に感服した石黒が秋季リーグ戦前に入団を決めた。
 ルーキーで1番を打った石黒は新人王候補の最右翼でオールスター出場も決めたが、球宴前日の7月19日、西鉄20回戦(東京)で打球を右手人差し指に当て亀裂骨折。やむなく晴れの舞台を辞退せざるを得なかった。
 この骨折が運命の分かれ道だったのだろうか。ルーキーイヤーに打率2割5分6厘、13本塁打37打点を記録したのが現役8年間で最高の成績。2年目は埼玉・上尾高のスーパールーキー・山崎裕之内野手の入団でショートのポジションを追われ、最後の2年は外野手になっていた。オールスターに1度でも出場していたら…。その後の野球人生も変わっていたかもしれない。

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