日めくりプロ野球 3月

【3月21日】1956年(昭31) “あなた買います”のモデル穴吹義雄 初出場でサヨナラ本塁打

[ 2010年3月1日 06:00 ]

 【南海3―2阪急】気を使っていた大物新人が初めて思い切りバットを振った。56年の大阪球場での開幕戦、南海の6番・穴吹義雄三塁手は9回裏、先頭打者で登場し阪急・柴田英治投手の初球を叩き、左翼へ本塁打を放った。
 プロに入って初の公式戦で初本塁打だけでも凄いことだが、これがサヨナラ本塁打に。さすがプロ各球団が争奪戦を繰り広げ、小説から映画化までされた「あなた買います」のモデルのスーパールーキー。これ以上ない派手なデビューとなった。

 「ホームランはインコースのシュートボール。最終回だし、同点だったので長打を狙った。それまでは徹底的な外角攻めもあって右方向ばかり狙っていたが…。とにかく初めての開幕戦であがっていたけど、このホームランで自信がつきました」。右方向を狙っても2安打。サヨナラ本塁打と合わせて猛打賞でのスタートは穴吹の前途洋々たる選手生活を予感させるものだった。
 香川・高松高時代から評判の打者は中央大進学後、さらに才能を開花させ3年秋、4年春と連続首位打者。各球団がこぞって“穴吹詣”を始めたのはこの頃だった。穴吹の憧れの球団は巨人だった。巨人からも誘いはあったが、一番早く声をかけてきたのが南海だった。鶴岡一人監督自ら出向いてきたのは、中大3年生の時。今では考えられないが、穴吹に打撃のコーチをし「それが連続首位打者につながった」(穴吹)。その恩義と「郷里の高松出身の大先輩、巨人・水原茂監督と西鉄・三原脩監督の引き立てのない球団で自分の力だけで野球をやりたかった」ことからホークス入りを決めた。4年の夏のことだった。
 ところが当時は自由競争時代。穴吹獲得に各球団はあらゆる関係者にアプローチ。切り崩しを図った。一番手っ取り早いのが札束攻撃。南海入りが噂されると、各球団のスカウトが札束持参で穴吹の4人の兄や親戚、関係者のところへ行き、説得を約束させた。金が絡むと兄弟といえどもギクシャクする。縁を切るとかとんでもない話も出るほどで、すでに両親がいなかった穴吹家は一時バラバラになってしまい、一方で各球団は契約金をさらに上乗せして獲得競争をあおるなど、常軌を逸した争奪戦に発展した。
 阪神1000万円、毎日(現ロッテ)900万円、中日750万円、西鉄(現西武)700万円と当時大学新卒の会社員の月給が1万円だった時代にとんでもない額が提示された。南海は鶴岡監督が心配をして、当初の契約金より上乗せして、ようやく提示した球団の中で最低の700万円だったが、それでも穴吹の気持ちは変わらず、南海入り。とんでもない額の契約金でプロ入りしたと思われていた男は、実は提示額最低の金額でプロ入りをしていたのだった。
 「いつも大金をもらって入団した、という心の重荷があった」という穴吹。一度はけんかした兄弟にもそれぞれが家を建てられるほどの金額を契約金から分け与えた穴吹だが、打っても「あれだけもらったのだから当たり前」、ミスをすれば「契約金ドロボー」と野次を浴びた。現役13年間で通算1166試合に出場、814安打89本塁打404打点。華々しくデビューしたルーキーの成績としては少し物足りないまま終わった。
 穴吹が一番生き生きしていたのは73年(昭48)から10年間務めた2軍監督時代。数々の若手を1軍に送り込み、手腕を発揮した。83年から3年間1軍監督を務め、その後ダイエーのフロント入り。若手選手を見抜く目は最高の指導者だった。

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