日めくりプロ野球 3月

【3月14日】1976年(昭51) オープン戦なのに満員札止め 江夏豊涙の96球

[ 2010年3月1日 06:00 ]

 【南海4-1巨人】プロ入り10年目、数々の修羅場をくぐってきた左腕の両足がオープン戦にもかかわらず震えていた。「マウンドに上がった時、いっぱいに詰まったお客さんを見渡したら、胸がいっぱいになってしもうて…。ホント、目が潤んだわ。ああ、オレはなんて幸せもんやって…」。
 阪神から南海に移籍した江夏豊投手が、大阪球場の巨人とのオープン戦で“デビュー”した。土曜日の好天でのデーゲーム。阪神のエースが、同じ関西を本拠地とする南海に移ったことで、多くの虎党がそのままホークスを応援するようになったかのように、いつもは閑古鳥の鳴く大阪球場にファンが殺到した。

 開門を1時間早めるのに驚くのはまだ序の口で、チケットが飛ぶように売れ、試合開始1時間半前にはとうとう完売。大阪球場での観衆3万2000人の超満員は、73年6月、南海がロッテとの前期優勝をかけての一戦以来。オープン戦での入場券売り切れは、64年3月1日の巨人戦以来、実に12年ぶりのことだった。
 黒と黄色の縦ジマの背番号28から白地にグリーンのユニホーム。背番号は17に変わっていた。「28番はタイガースでの番号。南海では違う番号にしたい」という決意が投球をも変えたのか、ホークスの江夏の投球スタイルも一変した。巨人相手ともなれば、豪速球でグイグイ押すのが江夏のイメージだったが、「まだ調整段階6割の出来」と前置きしたとはいえ、江夏は変化球主体で投球を組み立てた。
 巨人打線がそんな江夏に戸惑い、会心の当たりが出ない。先制の1点はなんと先発の加藤初投手の犠飛によるもの。感激の中のマウンドから次第に冷静さを取り戻した江夏は言った。「立ち上がりからボールが全然いかんかった。全力投球してもみんなお辞儀しよるんや。最後まで走らんかったな、真っ直ぐは。オレの投球がうまい?じゃなくて、巨人が弱くなったんや。V9当時のジャイアンツやったら、7、8点取られてKOやった。オレが心配する立場やないんやけど、巨人は弱くなったで」。
 5回96球を投げ、4安打1失点。三振は1つもなかった。球が走らなかったのは調整段階だからというよりも、肩、ひじ、腰、体のいたるところがこの時壊れていた。言葉は悪いがだましだましの投球。いわばプロ10年の経験値と身につけたテクニックだけで抑えた。
 それを見抜かせないのが、江夏豊のすごさだった。「うまい投球をする。本気になったら怖い」(近鉄・今久留主スコアラー)「パ・リーグにはいないタイプの左腕。投球の引き出しが豊富。ふんどしを締めてかからないと」(阪急・八田スコアラー)。ネット裏に陣取った他球団の偵察部隊の江夏に対する評価はさらに高まった。
 さて、満員札止めとなった大阪球場と南海球団は江夏サマサマだった。オープン戦、大阪ローカルだったこともあってテレビ放映権料は100万円だったが、入場券だけでざっと1900万円。売店の弁当、ジュースやビール、菓子類に普段あまり売れないホークスのグッズまで飛ぶように売れ、その額も楽に1000万円超。オープン戦では異例の3000万円を売り上げ、経費を差し引いても「キャンプにかかった費用の3割くらいは1日で取り返した」と営業サイドはホクホク顔だった。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る