日めくりプロ野球 3月

【3月7日】1998年(平10) 前代未聞!嶋重宣 プレーボール→初球退場

[ 2010年3月1日 06:00 ]

初球退場となった嶋のまさにその時の投球フォーム。打者転向は正解だった
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 【広島4-2ヤクルト】「プレーボール」。午後1時、渡真利克則球審の右腕が上がった。その直後だった。広島先発の左腕、嶋重宣投手が投げた第1球は、前代未聞の退場劇を引き起こした。

 「ガツッ」という音とともに、140キロ超のストレートがヤクルトの先頭打者、飯田哲也中堅手の左後頭部に直撃した。ヘルメットに当たったボールは跳ね上がってバックネットへ転々。飯田は一度倒れこんだものの、すぐに起き上がり大事には至らなかったが、渡真利球審は死球を宣告した後、今度はバックネットの方へ向かい、マイクを握った。
 「ただいまの投球は危険球とみなし、嶋投手を退場と致します」。土曜日の福山市民球場でのオープン戦に集まった7000人の観客が目の当たりにしたのは、プロ野球史上初の試合開始初球の退場劇だった。
 きょとんとしていたマウンド上の嶋の顔色はだんだんと青ざめていった。ぶつけてしまったことは隠しようのない事実。「速球を胸元に投げてのけぞらせようとした。当てた直後?もう次のことを考えていた。バント処理をどうするかと、捕手や内野手と確認している時に、出て行きなさいと…」。4年目のシーズン、オープン戦初登板。あっけない、というよりあり得ない1軍入りをかけた“アピール登板”はわずか数秒で終わってしまった。
 一番がっかりしたのは広島・三村敏之監督だった。「ウチの“江夏2世”が投げますから、勉強させてやって下さい」と試合前、敵将の野村克也監督にあいさつ。昨秋、西武の秋季キャンプへ特別に武者修行に出向き、高評価を受けて迎えた98年。伸び悩んでいた大器がようやく花開くチャンスを得たが、それがわずか1球でお仕舞いになるとは…。試合には勝ったものの、三村監督の顔から明るさがないのは当然だった。「次チャンスがあったら、また投げさせますよ。もうええやろ、そのことは…」と逃げるように球場を後にした。
 退場直後は途方に暮れていた嶋だが「次に投げる機会があったら、また初球はインコースで行きます。逃げていたら(1軍に)残れませんから」と強気だったが、これが打者転向のきっかけのサインであったと言っても過言ではなかった。実際、嶋の投手人生はこの年限りとなった。
 宮城・東北高から94年ドラフト2位で広島入り。超高校級左腕として期待は大きかったが、1年目に左ひじ、2年目に左肩を痛めた。3年目に1軍で2試合登板し、97年9月21日、広島での巨人25回戦に初先発した。最初で最後のまっさらできれいなマウンドだった。
 高校通算28本塁打のサウスポーは「自分が投げて、自分で打って勝てる投手になりたい」という希望を持っていたが、初先発は3回途中3失点でKOされたが、バッティングはプロ初打席でなんと適時打を放った。
 本格的に転向して1年目の99年に33安打を放ち、打者としてやっていくきっかけをつかんだように見えたが、年を追うごとに安打数は減少。03年は2試合で1安打に終わり、プロ10年目の区切りを前にリストラ候補の筆頭だった。
 ところが翌05年、9年間で計51安打の男が、1年で189安打を放ち、首位打者に。どこで見切りをつけ、どこでブレークするか、本当のところプロの目から見ても選手がいつ才能を開花させるかよく分からないものなのである。

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