日めくりプロ野球 3月

【3月27日】2004年(平16) ダルビッシュに並んだ!久保裕也“開幕戦”ノーヒットノーラン!

[ 2009年3月1日 06:00 ]

04年5月16日、ヤクルト戦でプロ初完投勝利を挙げ祝福される久保。04、05年にマークした7勝がシーズン最多白星でまだ1度も2ケタ勝利がない
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 【巨人1-0ヤクルト】98球目のフォークが真ん中からストンと落ちると、ヤクルト・梶本勇介遊撃手のバットは空を切った。マウンド上の巨人・久保裕也投手は小さくガッツポーズ。東京のサクラはまだ5分咲きだったが、背番号11は“開幕戦”でいきなり満開となった。
 巨人2軍のホームグラウンド、ジャイアンツ球場でのイースタンリーグ開幕戦で、久保は見事ノーヒットノーランを達成。打者29人に対し、三振4、内野ゴロ11、内野飛球1、外野飛球は9。四球は4個出したが、併殺とけん制などで切り抜けた。イースタンでの無安打無得点試合は19人目。巨人では01年6月3日に左腕の小野仁投手が対湘南戦で記録して以来、3年ぶりのことだった。

 80球で降板予定だったが、7回にはこの日最速の147キロをマーク。「もう1回行かせてください」と高橋一三2軍監督に直訴し、続投。スコアブックをのぞけば、無安打に抑えていたことから、9回も投げきった。
 「良かった。なにせダルビッシュに並んだんですから」と冗談を飛ばした久保。前日の26日、甲子園球場で熱戦を展開している春のセンバツ高校野球大会で宮城・東北高のダルビッシュ有投手(現日本ハム)が、1回戦で熊本工高相手に同じく、センバツ史上10年ぶり12人目のノーヒットノーランの快投を演じたばかり。高校球界話題の投手に“肩を並べた”ことを嬉しがることで、周囲の笑いをとるほど、久保の気持ちにも余裕が出てきた。
 東海大から自由獲得枠で巨人に入団した03年は6勝(7敗)。2年目こそ、2ケタ勝利の期待がかかったが、キャンプ直前の自主トレ中に背中上部の骨を骨折。2軍調整を余儀なくされた。「悔しかったけど、その分じっくり調整できた」と久保。ボールを握ることができない分、筋力トレーニング、走り込みで体を鍛えた。その結果、球のキレがルーキーイヤーよりも良くなり、スライダー、フォークなど変化球もおもしろいようにいいコースに決まった。
 1軍投手陣の不調に悩んでいた堀内恒夫監督だったが、「使い勝手のいい」(堀内監督)久保を4月半ばに1軍に昇格させると、先発にリリーフにとあらゆるケースで投入。5月16日のヤクルト8回戦(東京ドーム)で、プロ初完投勝利を挙げると、7月6日の横浜14回戦(東京ドーム)では初セーブ。この年8セーブを記録したが、ストッパーを固定できずに3位に終わった巨人の中では最多の数字だった。
 投手としてひと皮むけたようにみえた久保だったが翌年64試合に登板し、中継ぎ・抑えとして大車輪の活躍をしたのを最後に年々成績は下降。08年は2勝0敗ではあったが、わずか登板は6試合のみ。09年は7年目。東海大の大先輩、原辰徳監督は後輩だけに見る目も厳しいが、もう後がないだけに奮起したいところだ。

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