日めくりプロ野球 3月

【3月12日】1997年(平9) 内角攻めた!強心臓のハムドラ1、実戦で最速145キロ出た

[ 2009年3月1日 06:00 ]

強心臓で初登板初勝利を飾った日本ハム・矢野
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 【日本ハム2-2ヤクルト】テレビで見たことのある有名な選手が次々出てくる。それでもこの世界に入ったからには遠慮は禁物だ。5回、日本ハムのドラフト1位ルーキー、18歳の右腕矢野諭投手は球界の顔、古田敦也捕手に対して2-1から内角を突いた。
 古田の目の前に白球がどんどんと大きくなって迫ってくる。「うぉーっ」。大声を上げながら、背中を地面に叩きつけるように避けた。わざとではないにしても“きわどい”。オープン戦では普通投げないボールだ。荒井修光捕手のサインは確かにインコースだったが、これほど厳しい球は要求していない。

 古田は別に怒っていない。まだ高校生、コントロールが乱れた程度に思っている。“坊や”が帽子をとって頭を下げれば済む話、にみえたが、この新人、何事もなかったように次の投球動作に入った。ベンチの上田利治監督がニヤッと笑った。「ええ度胸しとる。さすがドラ1や」。
 2回を投げ無安打投球。スワローズの主砲、池山隆寛遊撃手に投げたストレートは145キロを計測した。実戦で自己最速を記録だった。プロとして本格的に練習を始めて、まだ1カ月余。早くも5キロも球速が上がった。「それでも前川(克彦PL学園投手、近鉄ドラフト1位)の方が速いですよね。ちぇっ…」とどこまでも負けず嫌い。「原則的にはあまり無茶させたくないんやが…。使いたくなるね」と上田監督は大きく育てたいという希望と即戦力としての魅力の間で思案に暮れた。
 愛媛・帝京第五高時代は公式戦で217イニングを投げて、同数の217奪三振を記録。甲子園には縁がなかったが、「ブルペンで受けていて、久しぶり怖いと思った新人」と13年目のベテラン山下和彦捕手を驚嘆させたストレートは「高校球界NO.1」という評価だった。大学時代は4番打者で東京・帝京高で名将と呼ばれる前田三夫監督とは同級生だった父親に鉄アレイによる筋トレとストレッチを欠かさずやるよう言われ、それを実践しているうちに筋肉が強く柔らかくなったのが、速球の源だった。
 開幕1軍はならなかったが、上田監督の頭の中には常に背番号20の顔があった。5月下旬、西崎幸広投手が腰痛で前半戦絶望となると、指揮官は“救世主”に矢野を指名。5月31日、東京ドームでのロッテ7回戦に初登板初先発を命じた。
 さすがの強心臓男も「足が震えた」というデビュー戦だったが、初回無死満塁のピンチに「開き直って全部直球で押した」矢野はこれを切り抜け、気がつけば7回途中まで5安打3三振無失点で見事勝利投手に。パ・リーグでは81年の西武・小野和幸投手以来16年ぶり、球団では66年の東映時代の森安敏明投手以来、実に31年ぶりの高校出投手の初登板初勝利という快挙を成し遂げた。
 この年2勝を挙げ、将来を嘱望されたが、これが現役時代の全勝利数となってしまった。けがとフォーム矯正がしっくりこなかった矢野はプロ10年目の06年に引退。09年現在、日本ハムの打撃投手としてチームを裏から支え続けている。
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