日めくりプロ野球 2月

【2月10日】1986年(昭61) 蜜月から犬猿になった2人、無視続けること5時間

[ 2011年2月10日 06:00 ]

 ゴールデンルーキー、清原和博内野手が入団した86年の西武・春野キャンプは華やいだ雰囲気の中で始まった。85年の日本シリーズでは阪神の勢いに押されて破れたものの、森祇晶新監督が就任し連覇が確実視されてもおり、キャンプイン早々からマスコミ各社はライオンズの話題を取り上げた。

 この日、春野を訪れたのは森の師匠である川上哲治元巨人監督、先輩にあたる藤田元司前巨人監督(当時)に300勝投手の元近鉄・鈴木啓示のNHK解説陣だった。森が川上を案内し、フリー打撃を見ながら談笑していると、スタンドが急にざわめき出した。ライオンズ広報が配った取材者用のレオの帽子をかぶり、涼しい目つきでグラウンドを見渡していたのは、西武の前監督・広岡達朗だった。NHKの別の番組でのキャンプ特集の取材が目的だったが、親密な仲から犬猿になった広岡と森はここで和解かと、報道陣も色めきたった。

 85年11月、フロントとの対立からパ・リーグを制した後に広岡は監督の座を辞任した。後任となった森とはかつて、指揮官-名参謀の間柄で、78年にはヤクルトを球団創立29年目で初優勝に導き、82年にもこのコンビで西武に栄冠をもたらし、83年はともに“追われた”巨人を倒し日本一に輝いた。

 しかし、蜜月関係は84年に終わった。3連覇のかかった西武だったが、投手陣が崩壊。その責任をヘッドコーチ格の森の責任と広岡は決め付けた。同時に森に与えていた選手管理と作戦面の権限を取り上げ、存在価値は日に日に薄れていった。別名“捜査1課長”とまで言われた、森にとって監督の信頼を失ったとあっては球団に残る意味はなく、退団を決意。根本陸夫管理部長、坂井保之球団代表はこのころ既に広岡以上に森の手腕を高く評価しており、次期政権を森に任せるつもりで、いったん退団を了承。広岡の辞任後、規定路線どおり森を新監督にした。

 同じNHKの解説者である広岡が川上や藤田を避け、グラウンドに姿を見せなかったのは、巨人時代のわだかまり(広岡は川上と対立し66年退団。当時藤田は投手コーチ)もあっただろうが、とにかく森監督と顔を合わせたくなかった。森も森で、広岡が来場するのが分かると、すぐに川上、藤田、さらには鈴木まで誘って昼食へ。時計の針はまだ午前11時を少し回ったところだった。広岡も球団が用意した幕の内弁当には見向きもせず、球場で売っている300円のきつねうどんをNHKのディレクター2人とともにすすった。

 まるで子供のような態度を取る新旧のボスに、戸惑ったのは選手の方だった。挨拶をしていいのやら悪いのやらで、練習中にもかかわらず、ネット裏のスタンドに視線をチラチラ。ベテランの東尾修投手、チームリーダーの石毛宏典内野手がそんな様子だから若手はなかなか落ち着かない。ただ一人、清原だけが気持ちよさそうにフリー打撃でサク越えを連発。そわそわする先輩連中に「何かあったんですか?」と聞くほどで、「大物は違うわな」とあきれる選手もいた。

 午後になっても広岡はスタンドに座ったきり。西武の印象を尋ねると「そんなこと、局の人の了承とってよ。僕はNHKの仕事で来ているんだから」と冷たいひと言。清原がグラブから人差し指を出して構えていたため、指出し捕球を厳禁していた広岡がどんな発言をするか注目されたが「私の知ったこっちゃない」。森は完全無視を決め込み、川上らをブルペンに案内。結局、練習終了までの5時間、2人は言葉も交わさなければ、あいさつもなしという冷戦のままだった。

 「前監督が来ていた?そうなの。どこにいるか分からんかった。川上のお父さん、藤田さんと先輩が2人もいてお世話するのが大変だよ」と森。藤田が笑いながら森に言う。「前監督が来ているんだから、弁当持ってスタンドまで上がんなきゃ。OBは大切にしないと」。丁重だった森が5歳上の藤田にかみついた。「どうしてこっちから居場所を探さなきゃならんの。そんな姿を選手が見たら、オレの言うことなんかきかないよ」。

 それから12年。森が長嶋茂雄監督に代わって、巨人の監督に内定しかかった98年に広岡は辛らつなコメントを森にぶつけている。「巨人の監督は長嶋や王のように華のある人がやらなければならない。森では役不足」。このコメントが直接ではないにしろ、名将・森による巨人再建は幻に終わった。

 66年、巨人を退団した広岡は米ベロビーチでキャンプを張る巨人の取材に訪れたが、川上に造反してジャイアンツを去った男に取材は許可されなかった。その際に、川上や藤田への態度と同じように「先輩が来ているのだから」と球団の決まりを破り、広岡と食事をしたり語り合ったのは、森だけだった。野球への考え方も似ていた2人は、近すぎたからこそ仲違いするようになったのか。20年以上の歳月が流れても、2人の関係は修復した兆候がみられない。(08年2月10日掲載分再録)

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