日めくりプロ野球 2月

【2月28日】1986年(昭61) 期待の新人高田博久 ちょっとかわいそうだった16失点

[ 2010年2月1日 06:00 ]

 最悪のキャンプ地だった。米フロリダ州デルレイビーチでの日本ハム初の海外キャンプ。宿舎の食事のマズさに閉口しながらも、頑張ってきたナインも使用球場のひどさには我慢の限界にきていた。その“被害”をもろに受けたのが、期待の新人アンダーハンド、日本楽器(現ヤマハ)から入団した高田博久投手だった。

 キャンプ初の紅白戦で3イニングを投げた高田はなんと本塁打3発を浴びるなど16失点。高田繁監督の表情もさえるはずもなく、「こんなことは生まれて初めて」と24歳のサブマリンは言葉少なにマウンドを降りた。
 が、同情すべき点は多々あった。白組の2番手で登板し、代わってすぐにパットナム、津末英明内野手にセンターへ連続本塁打を浴びるなど4失点したが、この試合に使った球場の中堅までの距離はわずか105メートル。プロ野球各球団の本拠地なら120メートル程度はあり、日本なら中飛で打ち取ったような当たりだった。
 渡米前の沖縄・名護キャンプで内角を突いて先輩打者を次々と凡フライに仕留めた、持ち味が発揮されていたはずだが、外野フライが本塁打になってしまうはあり得ない球場で、ルーキーの頭は混乱。8回には3連続四球で満塁にしてしまうと、ブリューワにグランドスラム弾を許した。これも普通なら平凡な外野への飛球。9回にはついに8連続得点を奪われ、名護とは別人の新人投手はうなだれるしかなかった。
 合わない食事で胃の不調も投球に影響した。日本と違って量ばかり多くて、大味な肉料理や農薬のようなにおいのする野菜に高田だけでなく、ファイターズの選手は体調不良を訴える選手が続出。腹が減って、日本から小腹が空いたときのためにと持ってきたはずのカップラーメンばかり食べていては、ますます調子がおかしくなるのも無理はなかった。
 大の巨人ファンでありながら、その誘いを「ファンであることと仕事をどこでするかは別」と断ってハム入りした高田。下手投げの代名詞、阪急・山田久志投手をほうふつさせる投球で、社会人野球の日本選手権準優勝投手となり、ドラフトの目玉といわれたが、会社側の慰留が強く、各球団も指名を断念。それでもプロへ行きたいという高田に巨人と日本ハムが争奪戦を繰り広げ、ハムが契約金4000万円、年俸480万円というドラフト外としては破格の金額で獲得にこぎつけた。
 新人王候補はこの“デルレイビーチの悲劇”ですっかり出端をくじかれた。1年目に1軍で15試合に投げたものの勝ち星なしで1敗。以後、登板機会は減る一方で、90年オフに戦力外通告。大洋がテストで獲得し、プロ初勝利を上げたのは7年目の92年7月だった。
 プロに入って最初のキャンプでつまずく選手は多い。3月からはオープン戦も本格化する。新人選手は満足のいくキャンプを過ごせただろうか。将来の球界を担う人材だけに気になるところである。

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