日めくりプロ野球 2月

【2月21日】1994年(平6) ビックリ!大沢親分 新人金子誠に“監督手形”

[ 2010年2月1日 06:00 ]

ゴールデングラブを二塁で2度、遊撃手として1度獲得している金子(右)
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 独特の言い回しでファンの心を引き付けていた日本ハム・大沢啓二監督だが、ここまで大胆な発言をすると、冗談としてもびっくりする。「高校出たばっかりの新人にしちゃあ、大したもんだぜ。このまま行けば1軍入りさ。ルックスもハートもいいし、2、3年後にはスターだわな。いや、頭もいいし30年後には日本ハムの監督やってるぜ」。
 大沢親分ベタ褒めのルーキーは、茨城・常総学院高出身、ドラフト3位入団の金子誠内野手。この日行われた韓国・LGツインズとの練習試合に9番・遊撃でスタメン出場し3打数2安打。打点1もマークし、盗塁まで決めた。

 「1軍がどんなもんか経験させてやれ」という大沢監督の提案で、キャンプ開始当初、新人選手5人は1軍に帯同。それが実力不足やけがで1人消え、2人消えとなり、最後まで残ったのが金子。基礎体力作りから始める高校出の新人が大半の中、プロの諸先輩に混じり、同等以上のプレーをする姿に選手起用に関しては、意外と慎重な言動の大沢監督に1軍レベルと言わしめた。
 「2安打?たまたまです。今は疲れがピークでバットもちゃんと振れない。1軍なんてとんでもないです。30年後なんて、もっと分からない。野球やっていないと思いますよ」。監督に1軍のお墨付きをもらったとしたら、並みのルーキーなら舞い上がってしまうところだが、極めて冷静に自分を見つめていた。高校時代の学力は偏差値にして70近くあり、在京球団でドラフト3位以上の指名がなければ、早大進学を考えていたほど。18歳にして、天狗にならず自分の実力をわきまえている落ち着きも含めて、大沢監督は金子を将来の“監督候補”に指名したのであった。
 ルーキーイヤーに1軍入りは果たせなかったが、2年目の95年に上がり、プロ初安打も記録。大沢監督がブレークすると予言した3年目は二塁のレギュラーを獲得。2番打者としてリーグ最多の38犠打を記録。地味ながらその活躍が認められ、西武・高木大成捕手に78票差の大差をつけて、新人王に輝いた。日本ハムの新人王は83年の二村忠美外野手以来、久々の13年ぶり。セの新人王も常総学院で先輩にあたる早大から巨人入りした仁志敏久二塁手で、奇しくも同じ高校出の新人王が一緒に誕生するという滅多にない結果となった。
 決して強打者というタイプではないが堅実な守りと小技に長けたバイプレーヤーとして欠かせない存在となり、06年に選手会長、07年に主将でチームをけん引。2年連続優勝の中心的な役割をこなした。人望のある役回りを務め、まさに将来の幹部候補生。09年は7試合連続二塁打の日本記録を樹立し、最高のスタートを切り、最終的打率3割4厘と16年目にして初の大台をマーク。本塁打も12年ぶりに2ケタ、自己新の14本を放った。
 「紅白戦で本塁打を打ったシーズンはけがをする」という不吉なジンクスも09年に払拭し、球団でもっとも長い年数をかけて1億円プレーヤーの仲間入りを果たした。個人的にはあと78本に迫った通算1500本安打が1つの目標になるが、最大の目標は昨年なりそこねた日本一にほかならないだろう。
 

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