日めくりプロ野球 2月

【2月4日】1987年(昭62) 指導が違う…阪神投手コーチ真っ二つに割れる

[ 2010年2月1日 06:00 ]

南海時代は2年連続2ケタ勝利を挙げるなど強気な投球が身上だった新山。六大学でも通算で21勝をマーク
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 言っていることがこうも違っては、22歳の左腕投手が戸惑うのも無理はない。阪神の安芸キャンプ。期待の4年目、仲田幸司投手の指導をめぐって、2人の投手コーチの意見が全く逆になった。

 考え方が分かれたのは、プレートの踏み方だった。阪神で5球団目となるベテラン、新山隆史投手コーチは欠点を直すために下半身の使い方に着目した。「おまえは軸足(左足)がブレるので矯正のためにプレートの上に足を乗せて投げろ」と命じた。ゴム板でできているプレートをしっかり踏みしめることで、スパイクの歯を食い込ませ、軸足がグラグラしないようにするための矯正法だった。
 パ・リーグ4球団を渡り歩いてきた名投手コーチの豊富な経験に基づく指導だったが、問題は仲田本人にあった。本格的に投手を始めてからこの方、プレート板に接した地面に穴を掘って軸足を置くスタイルで投げてきたため、踏んで投げることに慣れていない。むしろ不安定になり、逆に軸足がブレる気がした。
 それでも新山コーチが勧める形に一応はチャレンジ。自主トレ段階から平均台を使ってバランス感覚を養い、足のどこに力を入れると安定するのかを試してきたが、それも限界。キャンプ4日目「左の太ももが張ってしまい逆に投げにくい」と仲田は訴えた。
 不満はもう1人の投手コーチ、野村収にぶつけた。ひと通り仲田の話が終わると、聞き役に回っていた野村は言った。「一応言われたことは守っておけ、そのうち投げやすいように投げればいい」。
 一人はプレートを踏めと言うし、もう一人は聞いたふりをして、だんだん戻していけばいいと言う。一体どっちが正しいんだ。阪神得意の?“お家騒動”ぼっ発にチーム内は嫌な雰囲気がじわじわと漂ってきた。
 結局、土井淳ヘッドコーチが仲裁役となり、見解を出した。「軸足のブレが直るまではプレートの上に足を乗せて投げさせる」。コーチとしてのキャリア15年の新山の顔をつぶさぬように、新任の野村コーチに我慢してもらった形となった。
 キャンプからしっくりこなかった阪神はシーズン41勝しかできず借金42を背負って、9年ぶりの最下位。あの歓喜の日本一からわずか2年で優勝監督の吉田義男は石もて追われるようにタイガースを退団せざるを得なかった。仲田は自己最多の8勝をマークしたものの、負け数も11を数え、防御率も3・98と今ひとつ脱皮できずに終わった。
 その後、新山は吉田元監督がフランスのナショナルチームの監督に就任すると、投手コーチを吉田から頼まれた。もう2度とユニホームは…とも思ったが、異国の地で高校野球程度の代表チームを指導。五輪の欧州予選4位まで成績を上げた。
 野球から離れた後は、大学職員として活躍したが、00年がんで他界。60歳の若さだった。学生時代は法政大学法学部政治学科を首席で卒業したという伝説の持ち主。南海に入団し通算38勝をマークし、コーチでは若い選手に厳しく接しながらも、情に厚い兄貴的存在だった。
 

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