日めくりプロ野球 2月

【2月2日】2009年(平21) 引退から22年 ついに実現した江川卓コーチ

[ 2010年2月1日 06:00 ]

江川氏(左)にアドバイスを五十嵐。名コーチの言葉は目からうろこだった
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 「方法は2通りある。昔のようなストレートを投げるか、コントロールを重視するか。どっちにする?」。右ひじを手術した、ヤクルト・五十嵐亮太投手に“昭和の怪物”がブルペンで尋ねた。背番号53は答えた。「昔のようなストレートが投げたいです」。それを聞いた怪物は穏やかに、それでいて理路整然と持論を展開した。
 ヤクルトの沖縄・浦添キャンプ。スワローズのウインドブレーカーを着て姿を見せたのは、元巨人の江川卓氏。1987年(昭62)の現役引退から22年。古巣巨人でユニホームを着ることもなく、他球団で指導することもなかった、球界きっての理論派が臨時ではあるが、初めて“コーチ”としてプロの選手を指導した。

 「手術した後は元の筋力ではないので、どうしてもひじが下がる。ひじを上げるために、みんなマウンドでのステップを小さくするんだけど、上半身が浮いてしまいスピードは戻らない。ひじを上げるにはフォームをいじるのではなく、下半身の粘りを出してひじが上がる時間をつくってやらないと。そのためにはステップの幅を広くするといい。ステップの幅を広げると、体が沈んでいく時間ができる。この時ひじが上がるんだ。ステップは(手術前の)6足半から6足に縮めた?それより元の6足半か7足まで広げた方がいいんじゃないかな」。
 最速158キロを投げていた、かつての自分を追い求める五十嵐に、江川氏は分かりやすく具体的なアドバイスを送った。五十嵐の目が輝いた。「今までいろいろ言われてきたけれど、初めてたどりついた答え。心が晴れました」。的確なアドバイスにブルペンでの投球にも熱がこもった。
 指導は傍らで投げていた、期待の2年目由規にも及んだ。共に甲子園をわかせた2人だが、江川氏が引退した時、まだこの世に生を受けていなかった19歳は、左足が投球時にインステップしてしまうクセをズバリ指摘された。「投球時に腰を入れず、もっとリラックスして投げるといい」。再度投げてみると力みの取れた回転のいいボールが捕手のミットに収まった。
 飛行機が苦手な江川氏がわざわざ沖縄まで飛んできたのには理由があった。06年にひじを手術した五十嵐は復活を期して、かつて速球投手としてならした江川氏のビデオを取り寄せて研究。その話を聞き、「多少でも若い投手の復活に役に立てば」という気持ちで参加を申し出たところ、巨人時代に2年間一緒にプレーしたヤクルト・高田繁監督が快諾。1日臨時コーチとなった。
 母校の法政大などアマでは2度ほど指導経験が1日ずつあるものの、プロ野球は初めて。報道陣は「江川氏が球界復帰?」と色めき立ったが、本人は「復帰はありませんから」とひと言。巨人の監督候補をはじめ、いつ現場に戻るのだろうと思っている関係者やファンもこれが復帰の契機になってくれれば、という願いはまたもや夢に終わった。
 09年、江川のワンポイントアドバイスを受けた五十嵐は、球団記録の21試合連続無失点記録を樹立。10年は大リーグ、ニューヨーク・メッツに活躍の場を移す。江川氏も10年で55歳。スポーツキャスターというイメージが強く、もう現役時代を知らないプロの選手も多い。投球理論については評価が高いだけに、宝の持ち腐れで終わってほしくないと思っているファンは多い。

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