日めくりプロ野球 2月

【2月23日】1983年(昭58) 荒木大輔、強気の内角攻めで“御前試合”デビュー

[ 2009年2月1日 06:00 ]

新人時代の荒木のピッチング。初勝利は、83年5月19日の阪神6回戦(神宮)で先発し5回を3安打無失点に抑えた
Photo By スポニチ

 甲子園のアイドルのデビュー戦は、米アリゾナ州ユマにある球場のナイター照明完成記念試合だった。ヤクルトの新人、荒木大輔投手はこの日、紅白戦に先発として登板。実戦でのデビューとなった。
 ルーキー投手はとかくブルペンで絶好調、本番でメロメロというケースが典型的だが、荒木は様相が違った。小学生の時から大きな大会で場数を踏んでいる精神的な強さがものを言い、“ブルペンで平幕、試合で横綱”という内容の投球をみせた。

 圧巻だったのは臆することなく、インコースをえぐったシュートの連投。初回、内野ゴロ2つで簡単に二死を取った。打席に迎えたのは、3番・若松勉外野手。外角のストレートを見送り、インコース低めのカーブを空振りしてたちまちカウント2-0と追い込んだ。
 芦沢優捕手がインコースに寄った。首位打者2回を誇る、球界代表格の左打者を3球三振に仕留めようと強気のストレートを選択。が、弱冠18歳、さすがに力んだ。投球は若松の右太ももに当たるデッドボール。チームの主軸打者にけがでもさせたらと、脱帽しながら青ざめる荒木に若松は言った。「いい根性だ。ビビらないで次はもっと攻めてこい」。
 四死球を出すと若手投手の多くが崩れ、大量点を奪われるもの。荒木もその典型的なパターンに陥るのかどうか。4番の新外国人ブリックス中堅手とま対決に首脳陣の注目が集まった。カウント0-1から3球ファウルを打たせて追い込むと、決め球は内角直球。新助っ人のバットは空を切った。
 続く2回、先頭の大杉勝男一塁手に三塁ベースに打球が当たる不運な二塁打を打たれたものの、八重樫幸雄捕手を見逃し三振に打ち取り無失点。2イニング28球1安打2三振1死球で初陣を飾った。
 攻守交替となりヘルメットを取り、守備についた大杉はコーチ陣に対してこんな荒木評を口にしていた。「あいつはストライクをみせないね。一流の打者は打ち気になつた時には体内から気迫が燃えて外に出てくるものだが、あいつはそれをちゃんと読んで、見事に外してくる。これは教えようにも教えられない投球術。不思議な投手だ。高校出の投手としては東映の尾崎行雄、西鉄の池永正明投手クラス。甲子園でならしただけのことはある」。尾崎、池永、いずれも甲子園優勝投手で1年目から20勝した右腕。身内の新人投手ということもあり、多少のリップサービスはあったが、最高のほめ言葉に変わりはなかった。
 もともと荒木の先発はメキシコ出張の松園尚巳オーナーが、帰り道にキャンプに視察に訪れるということになり、急きょ決まったもの。そのオーナも「投げるテンポが良くて気持ちがいい。度胸もある。(ドラフト1位で)指名したのは間違いじゃなかったね」と、“御前試合”で観客動員の“目玉商品”として売り出せるメドがついたことに終始ご満悦だった。
 もっとも本人は「ちょっと力が入った。(1週間前の)シート打撃の方が球は良かった」と納得のいかない様子。やはり名門早稲田実業で1年生からエースとして名をなした男。ルーキーとはいえ、ピシャリと抑えられなかったことへの不満が残った。それ以上に実力で抑えた、という実感がなく、オーナー以下周囲が自分に何だか気を遣っているのが感じられた。
 荒木の1年目は15試合に登板し1勝0敗。尾崎、池永には遠く及ばなかった。荒木が初めて2ケタの10勝をマークしたのは、87年。入団から5年が過ぎていた。
 

続きを表示

バックナンバー

もっと見る