日めくりプロ野球 2月

【2月22日】2000年(平12) ターゲットは「3」と「33」 佐々岡真司、渾身の333球

[ 2009年2月1日 06:00 ]

07年まで通算18年、138勝をマークした佐々岡。広島だけでの勝ち星は球団歴代4位
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 広島の日南キャンプ。背番号22の高橋建投手が背番号と日付にちなみ、222球の投げ込みを行ったが、その横で投げていた右腕はまだブルペンを去ろうとはしていなかった。
 2度ボールをチェンジし、3度水を口に含んだだけで黙々と投げ続けていたのは、エース・佐々岡真司投手。高橋が投げた222球を超えても、球が低めに集まり、制球も乱れなかった。

 午前11時に“登板”し、ランチも食べずに2時間。右打者のインコースいっぱいにストレートが決まると、満面の笑みを浮かべた佐々岡はブルペン捕手に向かって脱帽。軽く頭を下げた。
 計333球。もちろんこのキャンプ最多の投球数に佐々岡は「200球を超えて疲れても、下半身を使えるようにするのがきょうの投げ込みの目的だった」。それにしても何で333球なのか。「(パチンコの)フィーバーみたいでいいでしょ」と本心は明かさず、笑ってとぼけたが、達川監督はその3並びの意味が分かっていた。「巨人を倒したいという気迫だね。意味がある333球。気分も乗っていた」。
 3月31日の開幕戦。東京ドームで巨人と対戦する広島は先発は間違いなく佐々岡。この日に照準を合わせて、大げさに言えばこの日にシーズンのすべてをかけてエースは投げるつもりだった。巨人には26年ぶりに背番号「3」をつけた、長嶋茂雄監督が指揮を執り、その長嶋監督が99年まで付けていた「33」を譲ってもらい、広島からFAで巨人に移ったのが江藤智三塁手。昨年までのチームメイトは、今や巨大戦力の一員として敵となった。情け容赦はいらない。打倒巨人、打倒江藤を頭の中に、体の中にたたき込ませるための象徴的な数字が2人の背番号をくっつけた333球だった。
 「今年はフォーム、球離れが安定している。去年より順調だよ」と手応えを感じた背番号18は、予定通り開幕戦のマウンドに上がった。巨人の先発はルーキーイヤーに20勝をマーク、対広島も4勝無敗の上原浩治投手。江藤は3番に名を連ねた。
 佐々岡は初回から飛ばした。ストレートを主体に、5回までに6奪三振。江藤にシングルヒットを1本打たれたが、3打席目まで3打数1安打と抑えた。
 5-2と広島2点リードで迎えた8回裏、二死を取った後、江藤に左前に運ばれた。対巨人通算20勝を完投勝利で飾りたい佐々岡の前に立ちはだかったのは、4番・松井秀喜中堅手。「1発だけは避けなければ」の強い思いが力みを生じさせた。
 「打ったのはシュート回転したスプリットかな。佐々岡さんのミスピッチでしょう」という松井がとらえた打球は、巨人ファンで超満員の右翼席上段に消えた。2点本塁打で1点差。次は5番の高橋由伸右翼手。同点の走者を許せば、7回に佐々岡から本塁打を放っているドミンゴ・マルティネス一塁手に回る。達川監督は決断を迫られた。しかし、ベンチから出ることはなかった。「ウチのエースはササ(佐々岡)。この回は任せた」。
 9回、プロ2年目の小山田保裕投手が走者を1人だしたものの、後続を断ちプロ初セーブ。佐々岡には白星がついた。「正直8回はバテていた。キャンプの時の投げ込みが効いたね」と佐々岡。6月16日、横浜11回戦(横浜)で通算100勝を達成し、11年目のベテラン右腕にとっては印象に残るシーズンとなった。

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