日めくりプロ野球 2月

【2月19日】2008年(平20) 「タダ者じゃない」坂本勇人、開幕スタメンアピールの2安打4打点

[ 2009年2月1日 06:00 ]

08年4月6日、巨人-阪神3回戦(東京ドーム)でプロ初本塁打の満塁弾を放った坂本。10代でのグランドスラムは巨人軍史上初めて
Photo By スポニチ

 目指す「開幕1軍」をアピールするには最高の場面だった。宮崎キャンプでの巨人の紅白戦、7回裏二死満塁で打席には白組の3番・坂本勇人遊撃手。前日18日の紅白戦で本塁打を打っての中軸昇格で巡ってきた勝ち越しのチャンス。さすが06年の高校生ドラフト1位、オイシイところはもっていった。
 鈴木誠投手のスライダーをうまく拾って、左前にヒット。2者が生還した。さらに8回、二死一、二塁ではオビスポ投手からセンターオーバーの一撃。50メートル6秒フラットの俊足を生かし、一気に三塁まで進んだ。

 この2安打4打点は坂本のプロ野球選手としての運命を決めた。ベンチの原辰徳監督が笑顔でうなづき言った。「3番を任せられてこれだけ打点を稼いでいる。勝負強い。タダ者じゃないね」。両軍計5失策で10-1と荒れた試合になっただけに、その活躍が目立った。まだ19歳だが、キラリと光った若武者のプレーに指揮官は開幕1軍どころか、開幕1軍スタメンの構想を抱き始めた。
 レギュラーの二岡智宏遊撃手は左ひざの手術を受けリハビリ中。開幕に間に合うかどうかは微妙な状態だった。フィルディングの不安はあり、まだ荷は重いという懸念もあったが、それを差し引いても坂本の打撃と足は魅力的に映った。
 大阪・浪商のスラッガーだった坂崎一彦、世界の本塁打王・王貞治、そして名門ニューヨーク・ヤンキースに移った松井秀喜と10代で巨人の開幕スタメンに名を連ねた選手は過去3人しかおらず、いずれも左打者。右打者の坂本が球団史に新たな1ページを書き加える可能性が大きくなった。
 「そんなこと考えてません。1軍に残るだけで精いっぱいです」と謙虚な坂本だったが、3月28日のヤクルトとの開幕戦、神宮球場の電光掲示板にその名前が刻まれた。松井秀以来、14年ぶり4人目の巨人10代での先発出場だった。開幕戦は二塁だったが、強行出場した二岡の戦列離脱で2戦目からショートに。その後の活躍は巨人ファンならずとも多くの人が知るところだが、立派だったのはオールスターも含めて、オープン戦から日本シリーズまでの計172試合にすべてに出場したこと。新人王こそ逃したが、10年ぶりにセ・リーグ会長特別表彰の対象になった。
 背番号61から、土井正三、篠塚利夫(現和典)、川相昌弘ら名内野手が背負った「6」を継承。年俸も巨人軍史上最高のアップ率と、1年前には考えられないシーズンオフを迎えた。
 対照的だったのは二岡。開幕戦で無理をしてまで原監督が使ったが痛みが再発。2軍調整中に女性問題が起きるなど、悔いの残る1年を過ごし、ジャイアンツの顔の一人だった栄光から日本ハムへ移籍した再出発することになった。
 兵庫での小学校時代は少年野球チームで、マー君こと楽天・田中将大投手と同級生でバッテリーを組んでいた坂本。信じられない話だが、投手を務めていたのは坂本の方だった。中学時代はシニアに所属も2年生までは補欠。それほど目立つ選手ではなかった。
 しかし、軽いノックバットを使って顔近くに上げたボールを打つティーバッティングをがむしゃらにやるようになりスイングがコンパクトになると、打撃開眼。青森・光星学院高に進んでからは通算39本塁打の評判のスラッガーとなった。「今の自分があるのは、あの時のティーバッティング」と坂本は話している。
 各球団のマークが厳しくなる09年はプロ3年目。グアムでの自主トレで、チームの先輩阿部慎之助捕手から左ひざが開く欠点を指摘され、キャンプまでに矯正した。偵察した他球団のスコアラーが「去年と打球が違う。飛距離が伸びるようになった。要注意」と赤丸チェックするほどの成長ぶり。目標の「3割、20本塁打」も難しい数字ではなさそうだ。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る