日めくりプロ野球 2月

【2月18日】2007年(平19) ナックルボーラー男・フェルナンデス「あっ、たけし城の人だ!」

[ 2009年2月1日 06:00 ]

投球の8、9割はナックルだったフェルナンデス。ハマると効いたが、思うように行くことは少なかった
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 その人の姿を確認すると、広島の新外国人ジャレッド・フェルナンデス投手は体重115キロの巨体を揺らしながら、一目散に売店に走った。急いで使い捨てカメラを購入すると、またダッシュ。マーティ・ブラウン監督と談笑するその人に近づいた。
 カメラを握りしめてチャンスを待った。ようやく監督との交流の輪がとけると、間髪入れず一歩踏み出した。そして通訳を介してこう言った。「一緒に写真を撮ってくれませんか」。
 フェルナンデスが懇願した相手は、東国原英夫宮崎県知事。県内でキャンプを張る各プロ野球チームを表敬訪問していた知事のファンという助っ人は、この機会を逃したら二度と会えないと思い、とっさにカメラを買いに走ったのだった。

 しかし、米国育ち、前年までミルウォーキー・ブルワーズ所属だった右腕が、なぜ東国原知事のファンなのか?
 実はフェルナンデス、知事が「そのまんま東」としてお笑い芸人だった時代に出演していた「風雲!たけし城」の視聴者。米国でも同番組はだいぶ後になって放映され、師匠のビートたけしの横で紋付き袴を身につけ「ちょんまげのかつらをかぶっていた」(フェルナンデス)知事のことが気になっていた。
 縁あって広島に入団し、キャンプで宮崎・日南を訪れた際もここの県知事が「そのまんま東」だということは知らなかったが、ホテルの自室でなにげなくテレビを見ていると、見覚えのある顔が出ていた。所信表明演説をする知事が、たけし城に出ていたあの人と分かると、どうしてもひと目会いたくなった。
 念願かなって記念写真を撮ったフェルナンデスは上機嫌でシート打撃に登板。打者10人に3本の安打を打たれたが、唯一の決め球ナックルボールを全31球中25球も多投。「打たれたけど、ナックルがよく左右に揺れていた。いい練習だった」と満足げに汗をぬぐった。
 メジャーでは37試合4勝7敗もマイナー時代は計105勝をマークしたナックルボーラーは球速78キロから131キロまで調節して投げられけるという稀有な投手だった。しかし、34歳で米国では“先が見えた”投手は、メジャーより年俸が安い2400万円で来日。「野球を辞めてまたおもちゃ屋でアルバイトするよりまし」と日本でのチャンスにかけた。「ナックルは肩に負担がかからない。連投も大丈夫。100試合は投げられる」と豪語。体重を13キロもさば読みして102キロとして申告しての入団だった。
 確かにナックルの揺れがいい時は、各打者は打ちあぐねていつのまにかやられるケースがあったが、基本的にストレートの球速が130キロに届くか届かないかというレベル。ナックルの揺れに慣れると、技術が高い日本の打者には通用しなかった。“約束”した3割の30試合に登板し、3勝8敗の成績では、1年で退団も仕方なかった。
 尊敬していたのは、同じタイプのナックルボーラーでアトランタ・ブレーブスなどで活躍し、メジャー通算318勝を挙げたフィル・ニークロ投手。「彼は登板前に大量の酒を飲み、球場で風呂に入って、酒を体に回してからマウンド上がった。人には勧められないけど、オレもそうやって長い野球人生をやってきた」。独特の調整法も体重オーバーで体にキレがなく、ニークロのような成績には遠く及ばなかった。

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