日めくりプロ野球 2月

【2月17日】1985年(昭60) ここでアピールしなきゃ!カムストック、BPなのに決め球連投

[ 2009年2月1日 06:00 ]

陽気にチームメイトと守備練習をするカムストック。いつも穏やかで野球選手というよりビジネスマンのような雰囲気だった
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 もう安月給で嫁さんに食わしてもらう生活には戻りたくない。メジャー経験わずか4試合の左腕にとって、首脳陣にアピールするためには、たとえ調整登板のBP(打撃投手)でも決め球を見せなければ生き残れない。そう考えた巨人の新助っ人、キース・カムストック投手は覚悟を決めて、宮崎キャンプでのマウンドに上がった。
 王貞治監督が見守る中、背番号17の愛称「カミー」はウイニングショットのスクリューボールを連投。打席に立った山倉和博捕手と河埜和正内野手のバットの芯を外した。

 気持ちよく打たせてくれるものと思っていた2人は、実戦さながらの投球に面を食らった。山倉はタイミングを取るのに四苦八苦し、38スイングで安打性は7本。打率に換算すると1割8分4厘と完全に“打ち取られた”。
 続く河埜は28スイングで安打性8本。うちスタンドインは3本とまずまずだったが、会心の当たりはほとんど真っ直ぐを打ったもの。「スクリューがフォークみたいにストンと落ちる。広島の大野(豊投手)のフォークにちょっと似ているかな。横に流れていく感じのスクリューもある。真っ直ぐが走ってくれたら、かなり面白いね」と評価した。
 89球中、25球のスクリューを投じたカミー本人は「きょうは80%の出来。マウンドが低く、ストレートもスクリューもいま一つだった」とせっかくのアピールも不発気味だったと感じた様子。
 ネット裏に陣取った阪神のスコアラーも「確かにスクリューはクセ球だが、見逃せばボール。内角の真っ直ぐが140キロ程度ならそう怖くない」とバッサリ。さらに「左ヒジの位置で真っ直ぐかスクリューか見極められる」と“欠陥”も指摘。V奪回のために獲得したサウスポーは売り込みどころか、かえって弱点を露呈してしまった。
 しかし、王監督の視点は違った。「彼のスクリューは大小あって、これに緩急の差をつけるから計4種類。カーブも大小あるから6種類の変化球になる。打者も合わせずらいよ」。球団創立50周年の84年にV逸した王監督にとって、まさに頼みのサウスポー。周囲の微妙な反応にも、なんとか新助っ人を信じたいという思いが先行しているようだった。
 王監督の切実な思いが通じたのか、カムストックは公式戦に入ると実戦派であることを証明した。4月25日、中日2回戦(後楽園)で1安打完封で初勝利をマークすると、弱点を見抜いたはずの阪神も5月3日の6回戦(後楽園)で6安打1点に抑えられ、完投勝利を許した。カムストックの好投で巨人は4月29日からゴールデンウイーク中にかけ1引き分けをはさみ8連勝。阪神から首位を奪った。
 まさに救世主、ニックネームのカミーになぞらえて「神様」とチームメイトは呼んだが、好調もつかの間、5月中旬に左手けんしょう炎で戦線離脱してしまった。神様のいなくなったジャイアンツは失速し、6月22日にカムストックが1軍で復帰後初勝利を挙げるまで、6月は4勝9敗。一時は4位まで転落した。結局、阪神に21年ぶりのペナントを持っていかれた巨人は2年連続の3位。カムストックも夏場に調子を崩し、8勝8敗の数字で止まってしまった。
 翌86年、ストッパー不在から巨人はメジャー10勝右腕のルイス・サンチェ投手を獲得。当時、1軍の外国人枠は2人だったため、ウォーレン・クロマティ外野手を外すわけにいかないジャイアンツは、カムストックを第3の外国人として2軍に置いた。冷や飯食いを余儀なくされたが、年俸がアップし、夫人が日本びいきだったことから残留したものの、3試合0勝2敗で退団した。
 その後サンフランシスコ・ジャイアンツに入団。メジャーで初勝利を挙げ“逆輸入選手”の成功者の1人に数えられ、ヤクルトの野村克也監督が獲得を検討したほどだった。移籍先のマリナーズでも活躍し、91年の引退まで通算10勝をマークした。
 登板前日には必ず映画館で1本鑑賞するのがカムストックなりの“儀式”。なんでも「気持ちが集中するから」ということで、座席も一番前の列と決まっていた。その後、ネット裏に座って対戦相手を研究。ノートにびっしりと対策を書き込むほどのまじめ外国人だった。

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