日めくりプロ野球 2月

【2月12日】1964年(昭39) 今ではありえない?映画「ミスター・ジャイアンツ 勝利の旗」

[ 2009年2月1日 06:00 ]

映画撮影の合間に一服する長嶋。忙しい長嶋に合わせ撮影日数は計7日間程度だったが、演技は十分合格点の範囲だった。
Photo By スポニチ

 09年の巨人のスーパールーキー、大田泰示内野手が1年目に60本塁打を放っても、劇場公開映画は制作されないだろう。が、プロ野球も映画も国民の娯楽の主役だった昭和30年代、スター選手が躍動するシーンは球場だけでなく、映画館でも堪能できた。
 8日後に28歳の誕生日を迎える、巨人・長嶋茂雄三塁手の主演映画「ミスター・ジャイアンツ 勝利の旗」(東宝)が、キャンプ中盤にさしかかろうという2月12日から全国で公開。巨人が2年ぶりに日本一を勝ち取った1963年のシーズンを舞台に、MVPに輝いた長嶋の活躍とスターにしか分からない悩みと葛藤、それを取り巻く巨人ナイン、ファン、球団関係者らを描いた1時間28分の作品だった。

 ファンの少年の死、試合中のけがとの戦いというエピソードを交えた実話を基にしたフィクションだが、当時の長嶋の人気を物語るように、その4日前には夜1回限りながら、東京・銀座など数館の映画館で特別に先行て映されるほどだった。
 多摩川グラウンドや後楽園球場でのロケも敢行。長嶋の登場シーンは1カ月以内で撮影する強行軍のスケジュールだった。クランクインとなった11月21日の多摩川での撮影は、長嶋が空を見上げながら立教大学時代の東京六大学新記録の通算8本塁打のことを思い出すというシーンでスタート。藤田元司投手が歩み寄り「おい、シゲ。何を見ているんだ?」と声をかけ、「空ですよ。神宮で8本目を打った時と同じ空なんですよ」と長嶋が返した。4回NGを出し、5回目にようやくOKとなった。
 「いやぁ、難しい。難しい」と頭をかいた長嶋だが、次のノックを受けるシーンではノリノリ。「ヘイ、ノッカー!」と得意の英語?を交え、三塁線の打球をダイビングで、逆シングルでさばき、ジャンピングスローに独特のサイドスローで送球。エラーの場面も見せるという妙なリアルさもあって、上映時には3分の長いシーンも飽きさせなかった。
 演技が好評を博した藤田だけではなく、セリフは棒読みながら、うまそうに栄養ドリンクを一気飲みする王貞治一塁手、広岡達朗、柴田勲、川上哲治監督ら巨人軍の面々もスクリーンに登場。日本シリーズの場面では西鉄・中西太監督兼内野手まで出演。長嶋のために、まさに球界挙げてのバックアップとなった。
 長嶋の大ファンであった女優・淡島千景が62年(昭37)のオフ、「映画に出てみない?」と誘ったところ、「何かタイトルを取ったらお願いします」という約束となり、東宝は準備を開始。長嶋は62年入団後初めて打撃3部門で無冠に終わったが、翌63年は打率3割4分1厘、112打点で2冠王となり、約束どおり主演映画を撮ることになった。
 東宝側は長嶋がタイトルホルダーになると踏んで、宮崎キャンプの時から撮影班を派遣し、練習シーンなどを撮影。ペナントレースに入ってからもカメラを回し続ける力の入れようだった。
 “発起人”の淡島が長嶋の箱根トレーニングの宿舎にしている旅館の女将役で出演しているのをはじめ、長嶋のことを親身になって相談にのる球団新聞係(広報)にフランキー堺、長嶋の大ファンのタクシー運転手に松竹所属の伴淳三郎ら、当時“超”がつく大物俳優を惜しげもなく起用。そのほかにも、長嶋にからむ酔っ払い役で水戸黄門でおなじみの西村晃、看護師役には池内淳子、巨人祝勝会のシーンだけに登場する仲代達矢、草笛光子ら、とにかく一体ギャラだけでいくらかかったんだ、と思わず想像したくなるぜいたくなメンバーがズラリ勢ぞろい。何ともゴージャスな1本だった。主題歌を歌ったのは人気歌手の坂本九。歌詞は芸能雑誌「週刊平凡」が一般から募集した。
 この手の映画は西鉄の鉄腕・稲尾和久投手主演の作品など過去にも何本かあったが大ヒットしたとは言い難かった。しかし、長嶋はさすがに“全国区”。正確な数字などははっきりしないが、多くの映画館が予定の2週間の上映期間を延長し、ペナントレースが始まった3月20日ごろまで劇場で鑑賞することができたという。
 後世に残る名作ではなく、完全な娯楽映画で、巨人ファン、長嶋ファン以外にとってはまことに面白くない映画であることは確かだが、映像からは昭和30年代のプロ野球の国民的人気がひしひしと伝わってくる。今や取り壊されてしまった後楽園や平和台などの懐かしい球場もカラーで映されており、記録映画的な側面でも貴重だ。DVD化などはされていないようで、なかなか見る機会がないのは残念でならない。
 

続きを表示

バックナンバー

もっと見る