日めくりプロ野球 2月

【2月8日】1995年(平7) ノレないD・J 名付け親は「本番ではノリノリだよ」

[ 2009年2月1日 06:00 ]

仰木監督(左)からD・Jの文字が入ったユニホームを手渡され上機嫌のダグ・ジェニングス。まじめな練習熱心の選手だった
Photo By スポニチ

 阪神大震災で大きな被害を受けたオリックスの地元神戸。「野球を通じて少しでも明るさを取り戻さなければ」という使命を感じていた仰木彬監督は、あらゆる面で話題づくりに知恵を絞った。その一環としてイチローに続く“ヒット登録名”を考案、新外国人選手のダグ・ジェニングス外野手の頭文字を取って「D・J」と“命名”した。
 宮古島キャンプに合流初日、監督自ら登録名を聞かされると「アメリカでもD・Jと呼ばれていたのさ。いいね」と上機嫌。早速打撃練習に参加した。94年、3Aながら2割9分6厘、23本塁打の成績を残した、シュアなバッティングがウリの左打者に名付け親の仰木監督、中西太ヘッドコーチ、新井昌宏打撃コーチら首脳陣がズラリと並んだ。

 しかし、イヤな予感は的中した。「投手の球を打つのは9月以来」と不安げだったが、バットを出せば振り遅れのポップフライの山。たまに外野に飛んでも失速してしまうばかり。64球を打ち、フェンスオーバーは3本。完璧な当たりというより、この日の風に乗ってフラフラっと上がってギリギリ飛び込むという頼りない弾道だった。期待して集まった首脳陣だが、次第に言葉が出なくなってしまった。バットにボールが“ノラない”D・Jに「ブランクがあったようだ。まあ、スイングにクセがないし、そんなに心配していない。本番になればノリノリだよ」と仰木監督。無理に笑ったその表情は、宮古島の真っ青な空とは裏腹に明らかに曇っていた。
 シーズンに入っても不発続きで、6月終了時点で打率は1割台、本塁打わずかに1本。オールスター前に“廃盤”確実とみられたが、中西ヘッドコーチ
と新井打撃コーチが付きっ切りでバッティングを矯正。上半身だけで打とうとするクセを直し、腰の回転と右ひざをやわらかく使うよう徹底指導。62歳の中西ヘッドが緩い球を投げ続けて、下半身の使い方をマスターさせた。
 効果は特訓を始めて3カ月後の7月に表れた。1カ月間の打率は3割9分3厘でトータルでも2割6分台に乗せた。不振の田口壮外野手に代わり3番に入ると打点も稼ぎ、7月はとうとう月間MVPまで獲得した。
 コツをつかむとD・Jはもう“ノンストップ”で打ちまくった。8月9日の近鉄16回戦(ナゴヤ)で、史上16度目の4打数連続本塁打のプロ野球タイ記録を樹立。8月は8本塁打30打点を記録し、2カ月連続の月間MVPを獲得した。
 「焦ってフォークボールを振らなくなった。ボールがよく見える」。助っ人D・Jの突然の爆発でオリックスは首位をキープ。前身の阪急が優勝した84年以来、11年ぶりのリーグ制覇を果たした。
 結果的に在籍3年で2割6分6厘、16本塁打、60打点の数字を残した1年目のみの活躍になってしまったが、ヤクルトとの日本シリーズで2本のアーチをかけ、唯一の勝利に貢献するなど、オリックスV1の思い出とその登録名とともに、ファンの印象に残る選手だったことは間違いない。
 

続きを表示

バックナンバー

もっと見る